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【短編小説】8/20『僕らはマチの迎撃隊』

 ひゅんひゅん飛んで、行けー! っていって、こんなに楽しい仕事、他にないよね⁈ ってキミは言うけど、それはキミに【適性】があるからで、僕にとっては苦しくて、辛いばかりなんだ、【迎撃隊】ってのは。

「坊ちゃーん、朝ですよー。起きてくださーい」
 ドアの外から声がした。
「うぅ……」
 重たい瞼をこじ開けて“坊ちゃん”こと僕は起きる。机の上に散らばっていた設計図と部品類を鍵付きの引き出しに入れてから、部屋のドアを開錠した。
「いまから降ります」
「はーい。今日は卵をいただけたので、スクランブルエッグトーストですよ」
 ヨイさんの卵料理は美味しいから、ちょっと目が覚めた。
 洗顔して着替えて、“家主”に活動開始の合図を送ってリビングへ。
「今日は停戦日だから、ゆっくりできますね」
「そうですね。部屋で勉強してます」
「はい。じゃああとで、おやつお持ちしますね」
 乳母のヨイさんがニッと笑った。

 迎撃隊の仕事は【大きいヒト】にとっての【害虫】を駆除すること。
 大きいヒトは害虫に刺されたり噛まれたりすると痛みや痒みを起こし、最悪の場合死に至る。【小さいヒト】の僕らには免疫があって、被害を受けることはない。だから僕らは大きいヒトに依頼され、害虫を駆除するかわりに、大きいヒトが住む家の一画に専用住居を設けてもらい、食料や生活必需品という【対価】を受け取る。
 僕の父さんは迎撃隊の隊長。僕が生まれたホスタム家は代々隊長を務める家柄だから、僕も生まれたときから次期隊長として育てられている。だけど……。
 僕は、物心ついた時から迎撃隊の仕事が嫌で仕方なかった。
 【害虫】がヒトにはわからない言語で会話するのを見て、機械相手に戦争しているわけじゃないと知った。
 害虫(彼ら)だって、生きてるんだ。
 家族がいて、友人や恋人がいて、集落を築いて……。
 ヒトの血を食料としているモノは、それ以外に生命を繋げる糧がない。だから彼らの中にも、好きで襲撃してるんじゃないと考えているモノがいるはずだ。争いなんか、終わればいいって。
 戦略会議のときに和平交渉できないかと提案したら、隊員たちがざわめいた。好戦的な彼らには、そんな考え微塵もなかったみたい。
 険しい顔で黙っている父さんの横で、幼馴染のフワリが言った。
「だって戦争でしょ? どっちかが滅びるまで続くのよ、これは」
 迎撃隊の仕事が楽しいと思えているキミにはきっと届かないだろうってわかってたけど、それでもやっぱり、悲しかった。

 僕が隊長になるまでに完成させなければならないものがある。
 それは“翻訳機”だ。
 僕らと彼ら、言語は違えど会話ができる種族である以上、相手の言葉がわかれば異種族間でも話し合いができるだろう。
 なんとかして彼らの長と約束を取り付け、大きいヒトが困らないよう、僕らが迎撃せずに済むよう、条約を結びたい。
 迎撃隊員を説得するには時間がかかるだろうけど、もう誰かを犠牲にしたくない。

 机に向かって部品を組んでいたら、窓の外が暗くなった。僕の顔に笑顔が浮かぶ。
「やあ」
 開けた窓の外には【害虫】の一種である【モスク】の子がいた。
『ブジバジ、ジジ』
 羽根をこすり合わせて出す音。これが彼らの言語だ。
「こんにちは。今日もお互い無事でなにより」
『ジジバジ♪』
 僕らが出会ったのは一ヶ月前の停戦日。
 彼らの言葉のサンプルが取りたくて、彼らがよく遊んでいる場所へ行った。録音用マイクを持ちながら【声】を探していたら、彼らの声がした。
 サンプル採取に夢中になっていた僕は、モスクの子たちに囲まれていた。彼らにとって僕は敵。こちらに敵意がないという意味を込め、両手を挙げた。
「ごめんなさい。なにもしないよ」
 そのとき、僕を庇ってくれたのが、この子だった。
 僕はその子に身振り手振りで僕の家を教えた。それからたまに、僕の部屋の窓で会うようになった。
 サンプルを録らせてもらって研究したら、翻訳機の製作が飛躍的に進んだ。

「あとは、このねじを留めれば……一応、完成」
『バジブブ?』
「ちょっと待ってね」
 僕はできたばかりの“翻訳機”に向かって喋る。
「あー、あー、聞こえる? わかるかな、言葉」
 僕の言葉が彼らの言葉になって、スピーカーから流れた。
『わかる……! えー! 凄いねそのキカイ!』
「凄いね、その機械……って言ってた?」
『うん! 言った!』
「じゃあ成功だ。これでちゃんと会話できるね!」
『うん、ラクになるね!』
 僕らは会話をしながら、ちゃんと翻訳できているか実験した。結果、もう少し改良の余地はあるけど、概ね使用に不便はない。
「やっと話し合いできるようになるね」
『戦争、終わるかな』
「終わらせるよ、絶対」
 僕らはそっと握手して、お互いの健闘を祈った。

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