見出し画像

【短編小説】11/22『愛の言葉と砂の嵐』

「俺、喜美香のことが、【ザッ……】んだ」
 あぁ、まただ……。
 どうしようもなく悲しい気分になる。
 どうして私は、その言葉を聞き取ることができないのだろう。

 テレビの画面が乱れたときのような音と視界。
 目の前に一瞬走る砂嵐とザラついた音に掻き消されて、相手の言葉がわからなくなる。
 砂嵐に掻き消されるがまま、その言葉がどんなものかを知る由もない。
 この人は私になにを伝えたかったんだろう。
 そうやって思案しているうちに、相手が「言わなくてもわかったよ。……ごめん」と言い残し、立ち去ってしまう。
 そうされるたびに考える。
 私はなんて言えば良かったのだろう。
 なんて言えば、あんなに悲しそうな顔にさせないで済んだのだろう――と。

 立ち去る後ろ姿に声をかけることもできず、私はただしばらくそこに立ち尽くして、答えのない問いかけを自分にしながら、その場を去るしかないのだ。

 そんな経験が何度かあって気づく。
 私はきっと、愛の告白をされていたのだ――と。

 物語で読んだことがある。焦がれる相手に、想いを告げる場面。
 文字でしか知らないその言葉。あの砂嵐はきっと、その言葉を阻むために私を襲う。
 なんのためにそうなっているのかも、それを阻止する術もわからず、ただ受け入れるしかない。

 そのうちに、私は心の垣根を作るようになった。
 もしかしてなにかのキッカケで好意を抱いてもらえたとしても、私は誠意をもって対応することができない。そうして私はまた、なにもわからないまま相手を傷つけてしまう。
 それを避けるには、人を避けるしかないのだ。

 私は愛の言葉を聞いたことがない。
 いつか私は、その言葉を知ることができるのだろうか――。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?