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【短編小説】11/28『猫の猫による猫のための』

 猫の世界には、ヒトが知らない秘密がたくさんある。
 猫がなる猫の医者、猫が運営する猫のための施設、猫又になる方法を学ぶために猫が通う猫の学校……。
「え? 川の中にあるんです?」
「ぃゃメダカじゃねんだから……。ちゃんと地面の上にありますよ」
「猫ちゃんなのに勉強するなんて、めっちゃ偉いですね」
「猫さんのことバカにしてます?」
「めっそうもない! 猫ちゃんは猫ちゃんというだけで素晴らしい存在なのに、その上で勉強までするなんてすごいなぁと」
「にぇこまたはにぇ、センパイににゃらわないと、自然にはなれないにょ」
「じゃあたまに家出しちゃう子がいるのって」
「そういうバアイもありまにゅ。たいがいニンゲンにハッケンされちゃうんでにゅけどにぇ」
「なんだかすみません」
「にゃにゃ」猫又のハツコさんが首を振った。「それもまた修行の一環。それに、ワタシたちをシンパイしてにょこと……ありがたいでにゅ」
 寿命を終えて天界に戻り研修を経て、念願の“猫のお世話係”になった私こと室戸カナは、お世話係として新たにOJTを受けている。
 猫又のハツコさんにもご同席頂いているのだけど、リアルな猫が人間語喋ってるのヤバすぎ可愛い。
「猫学校には伝手があるにょで、にょちにょちご紹介しますにぇ」
「はい、お願いいたします」
「ところで……その手、なんですか?」
 頭を下げた私に、お世話係の人間の先輩である笹木さんが訝しげに言った。その視線の先で、私の手が空中を揉んでいる。
「はっ。すみません」慌てて手を膝の上に叩きつけた。「あまりの可愛さに撫でたい気持ちが出てしまいました」
「あらあら」
「下界でシモベされてたんですよね」
「シモベと名乗れるほど立派ではなかったですけどね」
 照れる私とは裏腹に、笹木さんはわかりやすくため息をついた。
(冗談なんだけどな……)
 まぁいいやと気を取り直して、先輩とハツコさんのご講義に耳を傾けた。
「カナにゃんは生前どんなコと暮らしてたんでにゅか?」
 ハツコさんの質問に、代々一緒に過ごしてきたニャンズたちの説明をした。
「あらまぁ、ずっと」
「はい。自分の晩年に猫がいない生活を送らなければならない状況になったんですけど、まぁ寂しくて。こんなことなら結婚して子供産んでおけば良かったなぁと思いました。そしたら私が先立っても、猫ちゃんのこと見てもらえたのにって」
「寂しいもにょですか」
「えぇ、とても」ハツコさんの言葉に深く頷く。「そういえば、笹木さんも生前は猫ちゃんと?」
「いえ、僕は……」
 笹木さんがハツコさんをチラリと見やる。
 ハツコさんは先を促すように右手のひらを出した。
 あぁん、肉球ピンクさん♡
 触ったら怒られるかなぁと思いつつ眺めていたら、気づいたハツコさんがこちらに手を差し出してくれた。
「少しだけですにょ?」
「はわぁ、ありがとうございます!」
 握手するように両手でそっとハツコさんの手を包む。スベスベでプニプニの肉球。手の甲には短いけどトロトロの毛並み。あぁ、最高……。
「ありがとうございました」
「いえいえ〜」
 ニッコリ笑ったその顔も可愛らしい。はー、お世話係になれて良かった。
 ハツコさんのお手手を堪能してふと気づく。
「笹木さんのお答えを聞きそびれました」
「思い出さなくていいですよ」
「笹木にゃんはね、犬さん派にゃんですよ」
「あらまぁ」
「猫さんたちが苦手とかではないですからね」
「犬課に配属希望出さなかったんですか?」
「出しましたし元々いたんですけどね。ゆくゆく上の立場に就くためには色々な方々と触れ合うのが大事ということで、色んな部署で勉強中です」
「そうなんですねー」
「室戸さんもいずれ色々な部署を回るのではないでしょうか」
「えー……ずっと猫課ってわけにはいかないですかね」
「室戸さんが良ければ可能かと」
「ぜひ。犬ちゃんも鳥ちゃんも、生き物は大概好きなんですけど、私的にはやっぱりネコチアンに勝る存在はいないんですよねー」
 二本の尻尾をゆらゆらさせるハツコさんを見つめながらしみじみ思う。
 そんな私を眺めながら、笹木さんとハツコさんが顔を見合わせた。
「つくづくシモベですね」
「ですにぇえ」
 やだ、ネコチアン公認のシモベになれちゃった。嬉しい。
「頑張って業務内容覚えて、お仕事頑張ります!」
「あらあら、たにょもしい」
「頑張ってください。では、実際の施設へ行って、見学がてら説明でもしましょうか」
「はい!」
 うふふ、と微笑むハツコさんと、少し呆れながら微笑む笹木さんに連れられ歩き出した。
 一人前の“猫のお世話係”になれるように頑張るぞー!

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