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【短編小説】2/20『井の中の異世界』

 なんだかくしゃみが止まらない。
 知ってるこれ、アレルギー。近くに、どこかに【ヤツ】がいる。
 しかし目を凝らさないと見えない。そういう風にしてるから。
 とはいえ、凝視すると因縁つけられるからそれもできなくて、雰囲気で察知して大体の場所を掴んで一定の距離を保つ。そうすればくしゃみは止まる。
 気づかず近くまで行ってしまうと咳やら湿疹やらに発展してえらい目に合うから十分に気を付けてはいるけど、どうしても避けられないときもある。
 そういうときは、先祖の代から守ってくれてる式神にお願いして祓ってもらう。
 ヤツらにとってそれが幸か不幸かはわからない。
 でもここでは生きている人間を優先してもらいたい。生きる人が中心となる現世(世界)だから。
 と、いうわけで。この公園のどこかに幽霊がいるっぽい。関わっても良いことないのわかってるから意識して見ないようにしてるんだけど、アレルギーだから身体が反応してしまう。
 危険を回避できるならまぁいいか。というかほかに症例もなさそうだし、薬なんかあるわけもないし。ただ耐えて自分で遠ざかるのが一番……と思ってたら、背後で人の叫び声が聞こえた。
 振り向いた先で、滑り台のてっぺんから幼児が落ちるのが見える。
「白虎!」
 呼ぶと同時に風が吹き、落ちた幼児が地面へ着く前にワンバウンドして着地した。地面に伏せてクッションになった白虎は、幼児の無事を確認してその場を離れる。
 駆け寄って来た幼児の母親が子の名を呼ぶが、幼児はきょとんとしている。無事を確認した母親も不思議そうに辺りを見回してるけど、理由なんてわかるはずがない。白虎やそのほかの式神たちは、俺にしか見えない。
 良かった。怪我はないみたいだ。
 戻ってきた白虎に礼を言って懐に戻し、公園を立ち去ろうとしたら右半身にぶわっと発疹が出た。
 いる。
 でも見ない。
 ガンガン視線を感じるけど見ない。見たら絶対面倒なことになる。
 足早に公園の敷地を出てしばらく歩いていたら発疹が消えた。どうやらヤツはあの公園から出られないらしい。
 あの幼児はヤツに落とされたに違いない。でなけりゃすべり台のてっぺんに設置された、すり抜けたり乗り越えたりできるわけがない鉄柵の外に落ちるわけがない。
 巻き込んだな……。
 おそらく、なんかしらの理由があって俺の注意を引きたかったんだろう。そういうヤツは手段を選ばない。
 成仏したいってんならまだなんとかならんこともないが、着いてこられると生死に関わる。無情かもしれないけど、無視するのが最善の処置だ。
 俺が近くに行かなければ、ただ定位置でじっとしているだけ。そういう存在が大半。だから“いる”場所を見つけたら、余程のことがない限り二度とその場所には行かない。
 こうして行けない場所が増える。正直不便だ。
 もうちょっとなんか、対処法を身につけないとなぁ。なんて考えながら歩く。
 遠い昔はそういう存在がもっと身近で、理解に富んだ人も多かったはず。じゃなきゃ、幽霊だの妖怪だの神仏だのが現代に語り継がれてないと思う。
 現代人は文明に慣れすぎて、そういった“勘”のような力を失った――というのは俺の持論。
 結局変わったのは生きてる人間のほうで、霊感がないと見えない存在、と言われてるモノたちは変わらずそこにいるのだ。
 先ほどの母子の顔がよぎって、小さく吐いた息と一緒に呟いた。
「するか、修行……」
* * *
「お疲れっす」
『おぅ、久しぶりではないか。どうした』
「あーあのー、こないだ言ってた“修行”の件って、まだ有効すか」
『あぁ、未来永劫有効だが……やる気になったか。どういう風の吹き回しだ』
「自分のこの力のせいで、なにも関係ない人を巻き込むのが嫌になって」
『そうか。なら気が変わらないうちに始めよう』
 陰陽師だった先祖の霊が膝を叩いて立った。
「え、心の準備とかは」
『できているから提案したのだろ? なら早いほうがいい。ほれ、はよ支度せぇ』
「はぁい」
 膝に手をつき重い腰をあげて荷物をまとめる。階下にいた母親に修行へ行く旨を告げて家を出た。
 おそらくそんなに日にちは必要ないだろう、と高をくくっているのだが、どうだろう。
 家を出て裏手にある、使っていない井戸の蓋を開けた。
「ごめん、烏。この蓋閉めてもらってから合流するのって可能?」
 烏は問いにうなずいた。
「ありがとう。じゃあ、ちょっと先に行ってるね。なんかあったらすぐ教えて」
 烏がまたうなずく。
 傍らで待つ青龍の背にまたがり、井戸の中へ入った。
 途中で烏が合流。すぐに次元の切れ目に入った。
 中にはニコニコ顔の先祖。
「よろしくお願いします」
 頭を下げたら修行開始。
 さて、ちょっと本気出すか……。
 手足と首を回し、修行に備えて準備運動をした。

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