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【短編小説】2/23『風光な芙蓉峰』

 “富士見”と名の付く土地からは、昔本当に富士山が見えたのだと聞いて、気になって近所の“富士見”と名の付く場所に行ってみることにした。
 確かに高い建物がない時代だったら見えてたんだろうな、という風景。いまは曇り空も相まって見えないけど。
 富士山は黙ってそこにいて、みんなから愛されて、でももしかしたらいつか、脅威になるかもしれない。
 それでも愛される不思議な存在。
 見えたら地名にしちゃうよなぁ。だって嬉しいもん。
 遠い過去から現在にかけて様々なクリエイターに愛された大きな山は、きっとずっとそこにいて、日本の行く末を見守って行くんだろう。
 私もクリエイターのはしくれとして、遠くにちょっと見えているっぽい富士山に望遠レンズを向ける。ファインダー越しに見たら、確かにちょっと、輪郭が見える、ような。
 とはいえ、物足りなさは否めない。
 新幹線で行けばあっという間だし、ちょうど長期休暇中だし、行ってみようかな……なんて思ったのが良かったのか良くなかったのか。
 いまではすっかり虜になって、学校卒業後、いつでも富士山が見える場所に引っ越した。そこで毎日写真を撮ってる。
 これがいつか仕事として実を結ぶかどうかはわからないけど、好きなカメラで好きな富士山を撮影するのは、この上ない幸福だ。
 窓から眺める美しい富士山。その上空で龍が優雅に飛んでいる。
 雲の姿に扮しているときは霊感がなくても見えるんだけど、みんな気づいてるかな。
 気づいてほしくて写真を撮ってネット上にアップしてるけど、“偶然そういう形になった雲”に見えてるみたい。
 それって私の写真の技術が追い付いてないってことだよね。悔しいな。なにか良い方法ないかなぁ。って考えた結果、せっかく近くに住んでるんだし、富士山に登ってみることにした。
 色々下調べして、ちょっと大変そうかも? と感じて富士山のふもと周辺をサイクリングして体力づくり。
 ロードバイクでもちょっと大変な道のり。これはなかなか運動になる。けれど景色は雄大で、とても気持ちがいい。
 帰る体力も鑑みて行って帰って、をいろんな方向に向けて繰り返していたら、それを見ていたらしい龍が面白がって近寄ってきた。
「こんにちは」
 挨拶をしたら
『うむ』
 と返事をしてくれた。
「富士山の上をいつも飛んでる龍さんですよね」
『うむ』
「自転車乗ったままですみません」
『かまわん』
 龍はそのまま並走してくれる。遠くから見るのと同じくらいの大きさが不思議で質問したら、私に合わせて小さくなってくれてるとのこと。優しい。
 迷惑じゃないと言質を取ってから自分のことを色々話す。趣味だった写真を仕事にしたくて学校に通っていたこと。富士山に惚れ込んでいまの家に引っ越したこと。そこから毎日富士山の写真を撮っていることなどなど。
 龍は嫌がることなく聞いてくれた。優しい。
「体力つけて、いつか富士山に登ろうと思ってます」
『そうか。いつか来たならワシに声をかけるといい。危険がないようにそばにいてやる』
「えっ! 嬉しいです! いつになるかわかりませんが、絶対登山しに行きます!」
『うむ。では、またいずれ』
「はい、また近いうちにサイクリングしに来ます」
『うむ』
 龍はヒュルルーンと富士山の方向へ飛んで行った。
 あぁ楽しかった。嬉しい約束までしてもらっちゃった。
 その日のことが影響して、今まで以上に体力作りを頑張って、試しに一度目の登山に挑戦した。
 龍は約束通り来てくれて、登山のコツや安全な道を教えてくれた。
 ネットで読んだ登山ガイドも参考にしたら、一泊二日で無事登山できた。生まれて初めて見るご来光はとても神秘的で、あっという間に虜になった。
 いまでは数ヶ月に一回のペースで登って、龍に呆れられてる。
 山頂で龍にお願いして、ネットで公開するかもしれないって伝えて了承を得て、雲に投影した姿を撮影させてもらった。その場で画像を確認して笑ってしまった。
 龍はレンズに向かって笑顔でピースしていた。
「いい写真ですけど、これはCGだと思われちゃいます」
『む、そうか』
「とってもいい写真なので、部屋に飾っていいですか?」
『うむ』
 龍はちょっとご機嫌になってくれて、少し遠くの空でヒュルルンヒュルンと舞った。
 薄い雲の中で七色の光がキラキラと動いてなんとも綺麗だ。
 山頂にいる他の登山者もそちらに向かってスマホやカメラのレンズを向ける。
 時々「おぉー」って歓声があがる。
 その美しさが自分以外にも伝わったのが嬉しくて、シャッターを押すのも忘れて、龍の舞を眺めていた。
 いつかこの嬉しさを、感動を写真で伝えられるようになりたいと、心の底から思った。

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