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【短編小説】10/20『特別な新聞広告』

 新聞をめくっていたら、一面広告が目に入った。

【急募! 神の遣い求ム】

 紙面にはその一文だけが、紙面の中央に縦書きの毛筆体で書かれてる。直筆のような生々しさに目を惹かれてしまう。
 特にどこの神社でとか勤務形態とか応募先とかの情報は書かれていない。
 別に応募したいってわけでもないから、(変なの)と思っただけで終わらせてしまった。それが普通の対応だよ、といまでも思う。

『あのとき気づいてくれてればのぉ~、ワシあんなに忙しくならんかったんよ~』
「すみませんて。自分にそういう力があったなんて知らなかったんですよ」
『そんでも見えてたじゃろー、普通の人間には見えぬ存在がー』
「見えてましたけど、それが普通だったんで気づかなかったんですって」
『なんでじゃー』
 あぁ、完全なる絡み酒……。
 肩に回された筋肉質の腕が重い。実体ないのに重さは感じるんだな。
『すまんの』
 近くで見ていた神様が言った。
『珍しく酩酊しておる』
「あぁ、いえ、いいんです。自分でもあのとき気づいていれば、いまもうちょっと力あっただろうなぁ、って思うんで」
『いまが最善のタイミングなのだ。あの広告も、すぐに気づくだろうとは思っておらんかった』
 ここの神様はどえらい美人の女性で、でも漢気があり、豪快だから裾や襟にあまり関心がないご様子。神様によこしまな気持ちなど抱いてはいないが、はだけそうで目のやり場に困る。
「にしても、勝手に入ってしまっていいんでしょうか」
『私が許可を出してるのだ、勝手にではない』
「神様世界ではそうでも、人間世界では誰の許可もいただいていないので」
『ワシらの力を舐めるでない』眷属のリーダーが、組んだままの俺の肩を揺する。『ちゃぁんと人間からは見えぬよう、法術を使っとる』
「あ、そうなんですか」
『それにお主は最近修行頑張っとるからの、労いたいんじゃ、神様も、ワシらも』
「ありがとうございます」
 振る舞われている酒と刺身、果物なんかは神前に置かれていたお供物。それを神様や眷属の方々が分け合って宴会してる……中に人間の俺。
 通常だったら神様世界の存在だけが参加できる宴会に、人間の俺が参加してるっていうのがとんでもなく違和感。
 呑めや食えやと勧めてくれるのだけど、さすがにお供物に手をつけるのは気が引ける。
『慎ましやかだな、私が良いと言うてるのに』
「良心がね、咎めると言うか……」
『無理に勧めはしない。好きにすればいいさ』
 というわけで、宴会のさなか俺はペットボトルの水を飲み、バイト先でもらった惣菜パンを食べている。

 バイト先は神社のすぐ隣にある老舗のパン屋。
 それまで勤めていた会社が急に倒産し、ほとほと困っていたときに見つけたのがそこの求人だった。
 古いガラス戸に手書きの貼り紙。
【急募! 売り子さん求ム】
 なんだか既視感。
 さらに魅力的な一行【※三食まかないあり〼、住み込み可】に惹かれて声をかけたら、履歴書もなしにあっさりOKをもらった。
 住んでいたアパートを引き払い、パン屋の二階に住まわせてもらう。寝に帰るだけだった家に荷物はほとんどなく、都会に出てきてからこっち、本当に仕事以外なにもしてなかったんだなぁと寂しく思った。
 あとから、その一連の出来事が神様のはからいによるものだったと知った。
 あのまま元の会社で働いていたら、身に覚えのない横領の疑いをかけられ、人生を棒に振っていたらしい。見せてもらった“未来”の映像に、契約書に署名する僕の姿。それは倒産する前に持ちかけられていた案件で、あと一週間ほど倒産が遅かったら、僕は架空の会社の代表として名前を貸し、そのまま無実の罪を着させられるところだったのだ。

『パン屋のおやじもそろそろ歳だから、こちらの業務を誰かに引き継ぎたいと言っておってな。ちょうどいい人材が見つかったと喜んでおったぞ』
 眷属さんに聞かされて知った。パン屋のご主人も僕と同じく、“見えない存在が見える人”だった。
 パン屋を営みながら神様や眷属さんのサポートをしていたらしいが、サポート業を僕に引き継いでパン屋に専念するそうだ。
 神様の声が直接聞こえない人間に、物理的な助言やサポートをするのが神の遣いの仕事。
 眷属さんが参拝者の一部から対象者を選出しパン屋まで誘導。祈願の概要と解決のヒントを教えてくれる。
 それに聞いて、対象者にさりげなくアドバイスしたり背中を押すのが僕の役割。

「ご主人が占いもやるのは、信憑性を持たせるためですか?」
「ううん? それは趣味」
「あ、そうですか」
 ご主人が接客がてら神の遣いとしての仕事をして俺に見せてくれる。
 徐々にではあるが、遣いとパン屋の仕事を覚えてるところ。
 人の人生がかかっているから、じっくり丁寧に覚えていこう。まだまだ先は長い。

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