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【短編小説】1/20『リムジンより愛をこめて』

 突然目の前に停まった一台の、やけに長い車体。確かリムジンとかいうやつだ。
 広い道を走ってる分には見栄えるけど、こんな狭い道だと邪魔だな。
 少し眉間にしわを寄せ、壁と車体の隙間をすり抜けて歩く。
 こんな狭い道、ドアだって開かないじゃんね。って横目に見てたら、車体の途中にあるドアが開いた。
 おいおい、そこ開けたら私通れねぇじゃん。
 はぁ。息を吐いて、吸う。苦手なんだけど、言わないと帰れない。
「あのぉ」
「乗って」
「へ?」
「いいから乗って」
 優しいけど断固とした口調。否定は許さない。言下にそんな意味が見える。
 これがリムジンなんかじゃなかったら、もっと抵抗していたかもしれない。
 こんな下町でこんな目立つ車、目撃情報がないほうがおかしい。もし事件に巻き込まれたとしても――。
 考えた1秒の間、私は車内に引き込まれてた。激しい音と共にドアが閉まり、車が動き出した。
「いま、壁にドア擦りませんでしたか」
「修理すればいい」
「修理代高そう……」
「そんなのどうでもいい。僕はこういう者だ」
 渡された名刺、名前の上には超有名企業の社名。それに続く役職は代表取締役……「社長……」
「ただあてがわれただけの、父が経営する会社の子会社だ」
「……その社長が、私になにか」
 自己紹介をしない私を軽くねめつけて、社長は言った。「結婚、して欲しい」

 父親にあてがわれた婚約者と結婚するのが嫌だから。
 そんな子供みたいな理由で私の人生を変えようとしてる人と、結婚なんてできるわないじゃん。
 という意味の説明をもう少しとげのある言葉で伝えた。「というわけで、降ろして下さい」
「それは構わないが、ここで降りてどうするつもりだ」
 車窓の外を流れる景色、高速道路をひた走る車に乗る私。うん、降りてもどうにもできないな。
「というか、なんで私? 他に見合った女性がいたでしょ」
「……貴女がその女性だ、としたら」
「初対面の人にそんなこと言われても」
「貴女がそうだとしても、僕は違う」
「……どこかで、会った?」
「えぇ」
 えー、覚えてない。顔はいいから会ったら覚えてそうなもん。でもいままで知り合った人の中に、社長も、こんなイケメンもいない。
 考え込む私に、社長はため息を聞かせた。
「わざとらしいのやめて、家に帰して下さい」
「人かペットが待ってるか」
「いや一人暮らしですけど」
「ではもう少し付き合え」
 有無をも言わさぬ物言い。こういう口の利き方しかできない人なんだって思うと、ちょっと気の毒。社長の息子だからって甘やかされてきたんだろうな。
 あんな狭い道通らないで、遠回りすればよかったじゃん、って今更気づくけど遅かった。
 閑静な住宅街の中、ひときわ大きな邸宅の門が開いた。リムジンはその中に入っていく。玄関ドアの前で停まると、運転席から降りた人が社長側のドアを開けた。一緒に降りようとしたら
「貴女はそちらからだ」
 私が座ってる側のドアが開く。漫画で見る執事そのままの渋い男性が開けてくれた。
「ありがとうございます」
 お礼を言ったら執事は頭を下げた。
 案内された室内は声が出ないほど広い。
「そこへ」
 促されて座ったソファはいかにも高級そう。調度品もすべてがどこかのブランド品みたいだ。
 社長は私とどこで出会ったか教えてくれた。
 どうやら私が働いている店に来て、どうやら私が接客したらしい。そういえばうちの店にしては珍しく身なりのいい人だなって思った記憶がうっすらと。
「……え、それだけ、の理由で?」
「それだけでなにが悪い」
「いや、悪くはないですけど……なんで私の居所がわかったんです?」
「探偵を雇った」
「きもっ」
 頭の中で思った言葉が思いっきり口から出てしまった。さすがに悪かったと反省して口をつぐむ。
「それしか方法がなかったんだ。……申し訳ない」
 社長は頭を下げた。本人的にも探偵を雇うのは不本意だったみたいだ。
「また店にいらしてくだされば良かったのに」
 お客様とわかればこちらの態度も少し改めねばならない。
「何度か行ってはみたのだが、ことごとく会えなかった」
「あー、先々月くらいにシフトの時間が変わったので、それでかもですね」
「そういうことがあるのか」
「あるんですよー」
「で、その……さっきの提案の答えは」
「結婚……はちょっと考えさせてほしいですけど、フリならいいですよ」
「ふり?」
「恋人のフリ。それで説得できれば、ですけど」
「む……一旦はそれで、進めさせてもらいたい」
「じゃあ、まぁ、それで」
「ただ、ゆくゆくは本当に結婚したいと思っている。その……惚れたのは本当だから」
 思いがけない告白に、不意を突かれてときめいた。でも素直に言うのは癪に障るから、しばらく内緒にしておこう。

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