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【短編小説】12/27『浅草の朝』

 健康のため、散歩がてら川沿いを歩きつつ、散歩中の犬をガン見して愛でる。
 地図アプリによれば、目的地まではもう少し。
 古風な見た目の建物が並ぶ小道を通り抜けると、パッと視界が開けた。
 おぉー。
 テレビなんかで良くみる、赤くでっかい提灯が目の前に! 感動!
 近所に住んでるのに初めて生で見た。もっと早く来れば良かったなー。
 夜明け少し前の、冷たいけれど清々しい空気の中で大きな門を見上げた。
 左右にはかの有名な風神雷神像。そうそう、この写真見る見る。
 ……それにしても人通り全然ないなぁ。大通りなのに道路にも車全然ない……。なんだかちょっと、この空間にただ一人取り残された気分になる。
「なんか結界でも張られてたりして」
 なんて独り言ちたら、明けかけた空に黒い雲の渦ができた。漫画とか映画とかでみる、“暗雲たちこめる”描写のようだ。
『来おったか』
 低音イケボで誰かが言った。でもここに人間なんて私しかいない。
 ギョリギョリギョリ……と音を立てながら、風神雷神像を保護するための金網が下部に収納されていく。
「!???!??!!」
 記号でしか表せない感情のまま周囲を伺うと、雷門の左右に設置された風神雷神像がふわりと飛び立った。
「ひぇっ⁈」
『下がっておれ』
 私を庇うように大きな掌をこちらへ向ける。
 戸惑う私を呼ぶように、門の裏から『こちらへ』と声がした。勇気を振り絞って振り返ると、下半身が龍になった女性飛んできて、私を抱きかかえた。
『そなたたちは雷神のスペースに入っていなさい』
 下半身が龍の姿の男性が、私たちを門の中へ誘導する。
『私は金龍。風神雷神と天龍がきっとそなたを守るから、ここで一緒に見守りましょう』
 金龍さんと私が入ったスペースの目の前で、金網が元のように戻っていく。
「な、なんなんですか?」
 半分泣きそうになりながら問うと、『結界に隙間があったようね。そこから貴女が入ってきたみたい』金龍さんが答えた。
 さっき私が呟いたこと、間違ってなかったんだ。
 風神、雷神と天龍さんが門を背に道路へ向かうと、頭上の暗雲からなにかが出てきた。
 おどろおどろしい雰囲気を持った、ヒトのカタチをしたナニか。見ているだけで背筋がゾワゾワする。
「あれは?」
『禍津日神(まがつひのかみ)……災害や疫病など、災いをもたらす神だ』
「えぇっ、困る」
 私の声を聞き、近くにいた天龍さんがニヒルに言った。
『まぁ見ておれ』
 禍津日神が対峙する三柱に気づくと、手を振り下ろし、目の前の道路を叩きつけた。砕けたアスファルトが目くらましのように飛んでくる。
 風神はその破片を竜巻の力で寄せ集めると、そのまま禍津日神に投げつけた。
 怯んだスキに雷神が背負った連鼓を打ち鳴らし、雷を禍津日神へ落とす。
『ゥギャッ!』
 禍津日神が声をあげて身じろいだ。
『ヴァーユ!』
『うむ!』
 雷神に呼ばれた風神が、担いでいる風袋から台風に似た風雨を発生させて、禍津日神の身体を締め付けるように巻き付けた。引き裂こうとする禍津日神の動きとは真逆に、もがくほど竜巻はナニカを締め上げる。
『ヴァルナ!』
『ぬん!』
 風神が呼ぶと雷神は連鼓を更に打ち鳴らし、発生した雷を禍津日神の周りに集め、逃げられぬよう結界を作った。
『観念せい、禍津日神! 改心するというならその守りを解くが、そうでないのなら……』
『……!』
 禍津日神は風神雷神の後方で独鈷杵を構える天龍に視線を移した。
 地鳴りに似た声をあげ、禍津日神が隙をついて逃げた。
 空の暗雲が完全に消えて、元の青空に戻る。
『……逃がしてしもうた……』
 しょんぼりとこちらを振り向く風神。なんだかちょっと可愛い。
『あれだけ痛めつけられていれば、しばらくは来ぬだろう』
 雷神はバチを腰布に戻して手をはたいた。
『久々に打ち鳴らしたせいで手が熱いわ』
『すまんの天龍どの。そちらのガードを任せたばかりに』
『いえ。二柱のお力がなければ、守り切れませんでしたから』
『金龍どのも、助かり申した。ワシらでは怖がらせておっただろうから』
『いえいえ』
 目の前の金網が再度開き、金龍さんは私を道路にそっと降ろしてくれた。
「すみません、私、邪魔でしたよね……」
『いや。怖い思いをさせて、すまなかったな』
「とんでもない! 身に余るお言葉です」
 風神が風袋から出した風で散らばったアスファルト片を集めて道路に撒くと、窪んだ道路が早戻しみたいに修復された。
『では、ワシらは門の中に戻る』
『金網が閉まると同時に結界が解ける。気をつけて』
「はい」
 四柱にお礼を言って頭を下げた。
 金網が閉まると同時に、人や車通りが増え始めた。いつもの光景だ。
 再度四柱に頭を下げて、本堂を目指す。
 仲見世商店街は、今日も平和だ。

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