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【短編小説】3/27『我が国の夜明け』

 二礼二拍手一礼。
 古くから伝わる伝統の所作。
 賽銭箱の前で一通りの作法を済ませ、境内を散歩する。
 ここはいつ来ても空が広く、土地も雄大。都心にあるとは思えない清浄な空気。
 境内の真ん中で大きく深呼吸して、まだ暗い空を見上げる。
 早く太陽、見えるようにならないかな。
 時計を見ると午後の二時。もうこのまま夜明けはこないのだろうか。
 不安な気持ちを抱えながら、鳥居をくぐり一例して、その場を去った。

 ――ここ一ヶ月ほど、太陽がお隠れになられている。

 この現象はこの国だけで起きていて、他の国では朝がきて夕方になり夜が更ける。この国だけがずっと暗いまま。
 時計の時刻を頼りに空を見上げると、夜の時間には月が見え、朝の時間には見えなくなって、空は暗いまま。その現象で、星が自転をやめたわけじゃないのがわかる。
 異常気象が起きてすぐに飛ばされた人工衛星によって、太陽が変わらず存在していることも証明された。
 寒い季節じゃないからいまはまだいいが、このまま冬を迎えたら……。
 太陽光が必要な作物は影響を受けているとかで、科学技術を保有する各大学や企業などが人口太陽の開発を進めている。それでも本物の“太陽”に変わるものなどないと思う。というのは個人的見解。

 たぶん、ずっと昔の神話のように、太陽神になにかが起きたのだろう。
 あの神話のような理由だったら、ということで、どこかで見ているかもしれない“あのお方”に楽しんでもらえるように、毎日様々な芸人が野外イベントを開催。ほぼボランティアで毎日行われるそのイベント会場の周辺には、許可を取ったなにかしらの屋台やキッチンカーなんかが並んでる。
 無料で鑑賞できはするけど、それじゃ忍びないという人たちが運営費として募金したり、協賛したいという企業から援助金が出たり……いまでは国からも支援される大規模な取り組みになった。
 そのうち芸人だけじゃなくてアーティストやダンサー、マジシャンなどなど……この国に存在している様々な表現者、アーティストが舞台に立つようになった。
 いまでは各地にある野外ステージで毎日なにかしらのイベントが行われている。
 空が暗いままでも、人々の心は明るく、前向きになっていく。
 それでもまだ、太陽は見えない。
 なにが原因なのか。
 様々な角度から様々な専門家が研究を進める中、水面下で動き始めた組織があった。
 その組織はターゲットに悟られないよう、秘密裏に事を運び、着々と準備を進めていた。
 そうとは知らない国民は、なんとか元の状態に戻ってもらおうと必死で毎日を盛り上げた。
 各地での野外パフォーマンスは国をあげての大規模事業になり、人々の懐や国家予算が暖かくなった頃、経済的にも物理的にも、ようやく光が射した。
 一瞬、光の向こうに慈悲深い笑みを浮かべた“なにか”が見えた。
 それは本当に一瞬。
 空を見上げていた人々が口々に「見えた?」「見えた!」と話している。けれどその姿は人によって違う。同じ存在を見たはずなのに、見えた姿はみな違っていた。

 それから――以前と同じように朝がきて、夕方になり、夜が更けるようになる。慣れないうちは次の朝が来ないのではと不安になっていたが、そうなることはなかった。

 しばらくして、超大物政治家の汚職が明るみに出た。
 国家予算を使い込む大きな横領罪が発覚したのだ。歴史に残る大事件として、各国からも注目された。
 今回の太陽がお隠れになったことがキッカケで、調査が進んだらしい。
 どんな因果関係があったかはわからないけど、なにか大きな力が働いたのだろう。
 その事件に関係する人々が芋づる式に逮捕や起訴され、国のトップ陣営がガラリと変わった。それまでの国民に不利なだけの決まり事は撤廃され、暮らしやすい国に生まれ変わり、全国民の収入が等しく増えて少子化問題も解消しつつある。

 二礼二拍手一礼。
 古くから伝わる伝統の所作。
 賽銭箱の前で一通りの作法を済ませ、境内を散歩する。
 ここはいつ来ても空が広く、土地も雄大。都心にあるとは思えない清浄な空気。
 境内の真ん中で大きく深呼吸して、まだ暗い空を見上げる。
 夜明けまで、あと少し。

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