見出し画像

【短編小説】12/19『代償』

 うおおおぉぉぉ!
 スタジアムに歓声が響き渡り、俺の心は今日もチームを勝利に導くことができたという安堵で満たされる。
 息を吐き、仮想空間の中でゴーグルとコントローラーを置いた。
「今日も大活躍だったな」
 たったいま、試合が終わったばかりの俺を、監督が労ってくれる。
「ありがとうございます!」
 ドローンサッカー選手として出場していた俺は、フィールドから自分の分身を充電ドックに戻した。
 俺の相棒であり分身であるドローンは、脳波をキャッチして縦横無尽に駆け回る。
 搭載カメラの映像を見ながらコントローラーを用いる操作法よりも、動きがダイレクトに伝わる感じがして好きだ。
 俺も元々は自分の手指を動かしコントローラーで操作していたのだが、事故に遭い寝たきりになってからは脳波で操作するようになった。
 実際の身体が入院している病院には、きっと脳波をキャッチするための機械が置かれているはずだ。それを用意してくれたのは、愛しの婚約者・アイリだろう。
 彼女とは脳波を通して会話できているけれど、そういえばドローンサッカー選手になってからは肉体に戻っていなくて、彼女とも直接会話できていない。
 俺には彼女の声が聞こえるけど、彼女は俺の声を聞いていない。モニターに表示される文字列を読み取っているだけだ。
 なんだか急に彼女が恋しくなってきた。
 ドローンサッカーもそろそろシーズンオフになるし、久しぶりにリアルの身体を動かそうかな……。
 チームの許可を得て、意識を身体に戻す手続きをした。

 ――深い眠りから覚めたような、先ほどまで起きていたような不思議な感覚。

 あぁ、実体があるって、こういう感じだったっけ……。
 覚醒して最初に目に入ったのは、白衣を着た人の姿だった。
「……さーん。見えますかー? 聞こえますかー?」
 はい。と答えたいのに声が出ない。
 唇は動いているけど、声が喉に貼り付いているようだ。
 周囲で動く人の気配と音。身体に繋がれているらしいたくさんのコード。白を基調にした部屋の中に一定のテンポで鳴る電子音。その中にあるはずの姿がない。
「あいり……?」
 俺の帰りを待ってくれていると思っていた、愛しい婚約者。目が覚めたら真っ先に駆け寄ってきてくれるはずの彼女は、どこに……?
 仕事の時間かと思って時計を見るけど、もう夜になっている。
 そういえば、練習中などに聞こえていた彼女の声が、いつしか聞こえなくなっていた。最後に聞いたのはいつだ。思い出せない。
「あいりは……連絡……」
 俺の言葉を聞いて、医師が看護師に目配せをした。
「いまお電話しているところですよ」
 子供をなだめるように看護師が言う。
 病室にはいないのだと、その言葉でわかった。

 いつでもそばにいてくれていると思っていた。
 いつでも待っていてくれていると思っていた。
 いつでも俺のことを見守っていてくれていると……。

 意識が身体に戻って少しして、ようやく肉体を動かせるようになった。仮想空間にいた自分とは違う、やせ細った手足が痛々しい。
 オフが終わったらまた試合に出るために戻る、と言ったら、医師から止められた。
 昏睡状態で活動を続けると、身体がもたないそうだ。
 ドローンサッカー選手として活動するには、身体を活動させつつ瞑想状態で意識集中するのが望ましいと。
 そんな状態で、いままで通りの活躍ができるだろうか。
 問うたらきっと励ましてくれるであろう彼女は今日もいない。
 身体のためにリハビリを始めることになった。いまの俺は、一人で立つことすらままならない。
 自由に動かせない肉体の、なんと重いことか。
 フィールド内を飛び回っていた俺の分身と正反対だ。
 身体のリハビリとともに、意識がある状態の脳波でドローンを操作する練習も開始する。
 意図的に昏睡状態にはなれない以上、起きた状態で脳波をコントロールすることが必須になってしまった。
 事故に遭う前にも同じことをやっていたんだし、昏睡状態時に操作していた感覚も残っているし……と甘く考えていた自分がバカみたいだ。
 身体の感覚を持ちながら脳波をコントロールすると、事故に遭う前にそうしていたときとなんら変わらない動きしかできなくなっていた。そして俺は、二軍落ちした。
 こんなことなら、目覚めなければよかった……。
 キツいリハビリを終え車いすで病院内を移動しながら、どこかへ消えてしまいたい気分になった。

 いつまで続くのかわからない焦燥感と戦いながら、脳波トレーニングと肉体のリハビリをする。

 アイリにはまだ、会えていない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?