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【短編小説】12/9『奇跡の出会いに乾杯』

「「「ハッピーバースデー!」」」
 みんなで拍手してお祝いの言葉を伝える。ネズさんの肺活量では無理とのことで、僭越ながら俺らがロウソクの火を吹き消した。
 小さな無添加のケーキを取り分けて、それぞれの前に置く。生米やピーナッツのカケラもネズミたちの前に配膳した。虫も食べるようだけど、人間たちが尻込みして、ネズさんたちに許可を得て遠慮してもらった。彼らも生きのいい天然物のほうがいいらしい。
「なんだか申し訳ないチュウね」
「いいんだよ、僕らが好きでお祝いするんだから」
「そうよアナタ。ありがたく頂戴しましょう?」
「そうチュウか? じゃあ遠慮なく」
「どうぞどうぞ」
 いただきまーす、とネズさん一家が手を合わせ、食事を始めた。その光景に大の大人の男ふたりの目尻は下がりっぱなしだ。

 今年の初め、取材に訪れた店の店主に聞いた話を信じてみたら、思いがけない出会いがあった。
 目の前でケーキを美味しそうに頬張るネズミ一家。彼らは元々山の中で暮らしていたけれど、いまは俺の家の一画を拠点にしてる。

「誕生日がハッキリしないのはちょっと寂しいねぇ」
 ケーキを頬張る一家を見て、おむすび屋の店主で俺の友人である坂巻さんが言った。ネズさんと最初に遭遇した人だ。
「人間からしたらそうかもしれないチュウね。ボクらにとってはそれが当たり前チュウから」
「そっか」
「野生のヒトたちで冬生まれって珍しいよね」
「そうなんでチュウよ。生まれたときから命が危険だったらしいチュウ」
「ご飯とか取れないもんね」
「そうチュウ。それがいまじゃこんなに良くして貰えて……ボクたち一家は幸せチュウ」
「そう思って貰えてるなら良かった」
 俺が無理を言って引っ越してもらった以上、幸せでいてほしいのだ。
「人間語はどうやって覚えたの?」
「山に入ってくる人間の会話を聞いて覚えたチュウ。実際会話したのはサカマキさんが初めてだったチュウけど」
「それは良かった。おかげでこうして一緒に過ごせるようになったわけだし」
「こちらもとっても助かってるチュウ。今の時期、外じゃこんなに食料が取れないチュウ」
「だよねぇ。野生のヒトたちはみんな大変だ」
「あの山はそこまで過ごしにくくはないチュウけどね。それでも伐採なんかも始まってるみたいで」
「すまないね、人間が」
「いやいや、それがいまのこの世界の常識チュウから」
「もぅ、そんな難しいお話。子供たちがキョトンとしてるチュウよ?」
「ありゃごめん」
「おっさんが集まるとこうなっちゃうんだよ」
 坂巻さんが苦笑する。
「悪かったチュウ。子供たち眠そうチュウね。お風呂入れようか?」
「そうね、私一緒に入っちゃうわ? あななたちまだ飲むでしょう?」
 ネズさんの奥さんが子供たちを連れて専用の浴室へ向かった。これも俺の手作りだ。
 ネズさんが家族を見送ってからしみじみ言った。
「いやぁ、いい鼠生(そせい)だったチュウねぇ」
「やめてよ、もう終わっちゃうみたいな言い方」
「ボクらの寿命は平均で3年程度。お二人よりも全然短いチュウ」
「そうだとしても悲しくなっちゃうよ」
「迷惑じゃなければ、子孫もここで暮らしてほしいと思ってるんだよ?」
「人間語が喋れなくてもチュウ?」
「うん。ご家族やお孫さんが望むなら」
「子供たちはどう言うかわらかないチュウが、あまり無理しないでいいチュウからね?」
「無理はしてないよ。俺ら、ネズさんたちにここにいてもらえて嬉しいんだ」
「そうチュウか。ありがとう」
「「こちらこそ」」
 ネズさんが泣いて、俺らも泣いた。なんだか嬉しくて、自然と涙があふれてきた。
 種族は違えど言葉を交わした者同士。もう俺らはかけがえのない親友なのだから。

 泣き疲れたさんにんは、その場で眠ってしまった。
「あらあら……」
 子供たちと共に入浴を終えたネズミの妻が、顔を突き合わせて眠るさんにんを見てクスリと笑う。
「みなさん、風邪ひくチュウよ」
「んん……あぁ、いけない……ありがとう」
 声に気づいた家主の御園が目を覚ました。
「いえいえ。ほら、あなたも」
「んー、もう飲めないチュウ〜」
 ネズミの寝言に、ネズミの妻と御園が顔を見合わせ、小さく笑い合った。

 ベッドの中からネズさんハウスを眺めつつ考える。
 お互いに言葉がわかれば、種族を超えて平和に共存できるかもしれないのになぁ。
 せめて自分の力が及ぶ範囲では、困っている動物たちを助けたい。
 本来ならここにはいないはずの大事な存在に出会えたのは、きっと奇跡だ。だからこそ、そこから得る感情を、考えを大事に育てようと誓った。
 瞼を閉じて俺も眠りに就く。
 ネズさん家族や人間が迷惑をかけている動物たちの安寧を願いながら……。

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