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【短編小説】10/24『天女と羽衣』

 近くの木の枝に掛けてたはずの羽衣がない。地元に戻れば新しいのは買えるけど、後輩たちからの贈り物だから出来れば取り戻したい。
 さて、いまどこにあるのかしら。
 天女アイを発動させて羽衣の在処を探す。
『説明しよう! 天女アイとは、天女のシンボルである羽衣を探すための特殊能力なのだ!』
 下界に一緒に遊びに来た蝶が急に解説し出した。
「誰に向けて言っているの?」
『誰でしょう。なんだか急に教えたくなって』
「まぁいいけれど……」
 気を取り直して天女アイを発動する。
 水浴びをしていた湖のほとりから、少し遠くにある集落を見つめた。
「あった」
 とある場所から虹色の光が柱のように立っていた。羽衣を探すための目印で、自分の羽衣以外からは光が見えないように設定できる。
『天女アイは便利なのだ!』
「なにその口調」
『何故かしたくなっちゃうんですよねー』
「まぁいいけれど……。人里に行かなければならなくなっちゃったわね。あなたここで待つ?」
『そうですね。人間に捕まっても面倒なので』
「簡単に逃げられるでしょう」
『童が泣くんですよ。それが面倒で』
「なるほどね」
『なにかあればすぐに向かいますので』
「えぇ。羽衣回収したらすぐ戻るわね」
『しばらく経っても戻らなかったら通信電波だします』
「ありがとう。じゃあ行ってくるわね」
『お気をつけて〜』
 私はその場で少し跳んで、光の出所へ瞬間移動した。
『説明しよう! 天女は羽衣がなくても瞬時に空間移動できるのだ!』

 ――なんだか蝶の声が聞こえた気がしたけれど……気のせいね。
 光の出所はこのあたり……あ、あの家ね。
 人目に付かないようにしながら、そっと家の中を覗く。
 柱の梁に掛けられた私の羽衣をウットリ見つめる人間……あら、いい男。
 風に飛ばされたとかではないようだし、この人が奪って行ったということかしら。盗みなんてしそうにないのに、残念ね。
 どうやって取り戻そうかしら。直談判して返してもらう? もし逆上されたら? その時は瞬間移動すればいいかしら。
 思案を重ねていたら、家の中の男性と目が合った。
「あ」
「えっ」
 私以上に驚く男性。
「すみません!」
 やにわに謝罪され、驚く私。
「貴女様が水浴びしているお姿をたまたま見かけまして……あまりにも美しく、どうにかしてお近づきになりたいと……」
「なりたいと思って、羽衣を奪ったの?」
「……失礼ながら、天女様ですよね」
「えぇ」
「羽衣がなければ、ずっと地上に留まられるのではないかと思って」
「羽衣がなくても天界には戻れるのよ、ごめんなさい」
「そうなんですか……」
「その羽衣、可愛い後輩たちからの贈り物なの。返して頂けないかしら」
「も、もちろん!」
 男性は羽衣にそっと手をかけた。羽衣はその意思に呼応するよう、梁からふわりと降りて男性の手元に収まった。
 あら、随分純粋な心の持ち主なのね、あの羽衣が素直に言うことを聞くなんて。
「許してくださいとは言いません。ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」
 差し出された羽衣を纏う。
「あぁ……お美しい……」
 面と向かって褒められるのは嬉しいものね。
「貴方も美しいかんばせじゃない。すぐに良い人見つかるわよ」
「いえ、もう、貴女以外には……」
 やだ、可愛いこと言うじゃない。
「気が向いたら遊びに来るわ? ただし、周囲の人には私の正体を教えないこと」
「それを守れば、また貴女様にお目にかかれますか?」
「気が向いたらね」
「守ります。ですからどうか、またいらしてください」
「えぇ。じゃあね。返してくれてありがとう」
 微笑みかけて、その場で跳んで、湖へ戻った。
『お帰りなさい。あ、回収できましたか』
「えぇ。遅くならない内に帰りましょう」
『はい』

 天界に戻った私は、外出許可証の回数券を発行した。
 あの男性が素行良く、品行方正に生き続け、私の正体を誰にも言わないでいられたら、外出許可証の定期券を発行するつもりだ。

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