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【短編小説】9/26『筆記装置の機械人形』

 さんざん悪筆と言われ続けストレスが溜まっていた私に朗報。ボタンを押すだけで文字が書ける機械が開発されたらしい。
 発売初日にお店に並んで購入。ワクワクしながら箱を開ける。
 中に入っているのは説明書、文字が配列されたキーボードとケーブル、そして肝心の“筆記装置”。
 電源は必要なく、太陽や照明の光を吸収して充電するんだとか。ハイテクぅ。
 筆記装置は人間の少女を模した機械人形で、持たせる筆記具によって様々な書体が楽しめるらしい。
 まずは試運転させようと、キーボードと筆記装置を同梱のコードで繋げた。
 横たわっていた人形がまぶたを開け、パチパチとまばたきする。スックと立ち上がってから、こちらに向かって頭を下げた。
「あ、どうも」
 思わず返事をしたけど、機械人形は喋らない。ペンを持たせるまで、左右に揺れたりちょっと踊ったりして待機している。
 筆記装置はこの先色々な種類が発売される予定らしいが、現状はこの【少女型】のみとなっている。
 いまは初期装備の簡素なワンピースしかないけど、こちらも今後、別売りの服や装飾品が販売されるとか。
 愛玩趣味がある人は買うんだろうけど、ただの機械にそんな金をかけるつもりはない私は、さっそくペンを持たせ、紙を置いた。
 キーボードに印刷された文字の配列は特殊で、でもなにかしらの規則には従っているよう。場所を覚えるまでに時間がかかりそうだけど、とりあえず一文字ずつ指で追いながら入力してみる。
 パチパチと音を鳴らしながらキーボードで打った文字を、ペンを抱きかかえた筆記装置が紙に書いてくれる。
 達筆だけれど、遅い。
 一応、打ち込んだ文字はある程度記憶してくれるようだが、打つのが早くて打ち間違えちゃってたら結構サイアク。紙に直接書いてるから、鉛筆とかの消せる筆記具じゃない場合、上から紙を貼るか最初から書き直しになる。
 結局、字が綺麗な人は自分の手で書くほうが早いし楽だ。
 キーボードを打ち慣れたらどうだろう、と思うけど、機械少女の筆記速度があがらなければ同じこと。
 それでも私はこの機械を使う。「字が汚くて読めない」と突っ返され、長い時間をかけて書き直すよりは楽で早いからだ。
 筆記装置には学習機能が搭載されていて、同じ字を何度も書くうちに筆記速度があがるとか。更に【少女】の好みに合う服や小物などの装飾品でカスタムすると、【少女】の【気分】があがり、作業効率もあがるらしい。
 どういう仕組みかわからないが、本当にこれは愛玩道具だな。
 便利であるとわかった以上、筆記速度をあげたくなるのが人間というもの。
 装飾品まで買うほどの余裕はいまはないが、いまからお金を貯め始めれば、少しずつ集められるかな……。
 そんなことを思いながら、自分のキータッチの練習と【少女】の学習機能向上のためにキーボードを打ち続けた。

 結論から言うと、この機械はあまりヒットしなかった。
 理由は私が感じたのと同様。手で書いたほうが早い、というのが大半の意見。
 それでも、一部の人間には重宝された。
 私のような救いのない悪筆と、機械少女を愛でる愛好家に。
 その一部の人間が買い支えたお陰か、しばらくの間は服や装飾品の新製品が発売され続けた。
 機械少年の筆記装置も新発売され、少女同様カスタム製品が売り出されたが、あまり売り上げが振るわず、やがて少年少女ともに製造中止となってしまった。
 私のところにいる機械少女は何度か修理をしつつ、いまも活躍してくれている。
 使い始めてから長く愛用しているため筆記速度もあがり、いまではキーパンチと同時に文字が書き終わっているほどだ。
 永く愛用したいから、これからも大事に扱うし、重宝するだろう。

 その機械に改良を加え、進化させたのが現在のパソコンとプリンターであるという話だが、真偽のほどは定かでない。

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