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【短編小説】1/18『踊る座敷童子』

 内見の日、不動産屋さんと一緒に部屋にあがった。
「こちら、“幸運の部屋"と言われる物件でして、住まわれた方がそれはもう大成功なされて、更に上ランクな物件に転居なされると不動産業界では有名なんですよ〜」
 でしょうねぇ、と思うけど、言わない。
 だってきっと、不動産屋さんには見えてない。部屋の真ん中で楽しげに踊る、座敷童子の姿が。
「いかがでしょうか」
「ここにします」
「ありがとうございます! それでは店に戻って改めて契約書のご説明などを……」
 説明をうっすら聞きながら、こっそり手を振って部屋をあとにした。

 引っ越し当日、契約したばかりの新しい部屋へ入ったら座敷童子はまだそこにいて、こちらをじっと見ていた。
「今日からここに住むことになりました」と自己紹介をする。「いつまで住むかはまだわからないんだけど、よろしくね」
 挨拶代わりに買ってきたお菓子とジュースをキッチンカウンターに置く。座敷童子はふわりと浮いて、それらを不思議そうに見つめた。
「私ね、あなたみたいな存在が視えるの。でも気にしないでいままで通り過ごしてね。私も普段通り生活するから」
 どうぞ、とお供えを勧めたら、美味しそうに食べてくれた。
 子供は得意じゃないけど、座敷童子なら話は別だ。
 色々な説があるみたいだけど、この部屋の子は住人に幸運をもたらすよう。
 引っ越してすぐ、職場でトラブルばかり起こしていたお局様が急に退職したり、その影響で私を含めた数名が昇進・昇給したり、いいなぁと思っていた男性に食事に誘ってもらったりといいこと尽くめ。
 こんなにすぐに効果があるなんて、この座敷童子、相当強い力の持ち主らしい。ただ、宝くじみたいな【自分で努力して掴む】系じゃない幸運を授けるのは好きじゃないみたい。
 試しにネットで買おうとしたら、背中側からスマホを覗き込んでいた座敷童子がプルプルと首を横に振った。
 まぁ大金当たって人生踏み外す人もいるっていうし(もちろん幸福になった人も)、いま割と幸せだしいいかって、予算として考えてたお金で座敷童子と一緒に少し豪華な食事をした。
 座敷童子とおもちゃで遊んだりもする。たまに簡単なトランプゲームなんかで、本気出したのに負けたりした。なんせ相手は座敷童子、引きが強い。
 勝っても負けても座敷童子は楽しそうにしてくれて、私も嬉しくなる。
 座敷童子は、ここに住む人たちが自分の能力のおかげで訪れた幸運によって出世していくのを知っている。それが嬉しくもあり、寂しくもあるようだ。
「私もそのうち出て行くのかなー」
 なんだか寂しくなってつい言ってしまったら、座敷童子は不思議そうに首を傾けた。
「貴女はここから離れられないの?」
 首を横に振る座敷童子。でもこの部屋を離れるつもりはないみたい。あんな評判が広まってたら離れられないかぁと思う。期待を裏切るようなこと、したくないもんね。
 私が楽しそうだと座敷童子も嬉しそう。その逆も然り。これがウィンウィンの関係ってやつか。
 私が幸せになることで座敷童子も幸せになれるなら、遠慮せずに幸運を享受していいのかな。
 幸運を授かることを受け入れたら、それまで以上にラッキーが訪れるようになった。一番驚いたのは、高校生の頃ものすごく好きだった憧れの先輩に再会したこと。
 遠くから見てるだけだったのに先輩は私のことを覚えてくれていた。故郷から離れた土地での思いがけない再会に盛り上がり、頻繁に会うようになった。
 先輩はあの頃と変わらず素敵で、当時も大人っぽかったけどいまはもっと魅力溢れる大人の男性になっていた。当然ながら、あっという間に好きになった。
 何故か先輩は私を気に入ってくれて、あれよあれよと言う間に恋人から生涯の伴侶になった。
「あなたのおかげだよ、ありがとう!」
 結婚が決まった夜、私は座敷童子と二人で祝杯をあげた。
 新居は先輩が住んでいるタワマンの一室で、来週には同居を開始する。でもそれは同時に、座敷童子とお別れしなければならないということ。
 とても寂しいけど、私が独り占めするのは良くないから、これでいいんだ。
 これまでのお礼の意味も込めて部屋をピカピカに掃除する。
 座敷童子はとても嬉しそうに飛び跳ねてた。
 部屋を出る時、座敷童子が小さく光るビー玉のようなものをくれた。実物がない、心の中に収納すべきもの。
 いいことがあったら心の中で玉を撫でるといいらしい。この部屋を旅立つ人全員に配ってくれているみたい。これがあれば、座敷童子の恩恵が続くんだって。
「またいつか、会えたらいいな」
 私の言葉に座敷童子がニッコリ笑った。
 あどけない少女と酸いも甘いも噛み分けた老女が同居するような、その穏やかな笑顔をいまでもたまに思い出す。

 座敷童子はきっと、今日もあの部屋で踊ってる。

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