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【短編小説】9/17『立ち上がるモフモフ』

「いやぁ、たまたま立ち上がっただけなんだけどねぇ……」
「なにごともタイミングだね。みんな割とできるけど、観客の前でやることってないし」
「そうそれ。ボクらと園の注目度があがったならそれでいいんだけどさ」
「疲れん? 人間たちの好奇の目にさらされるの」
「うーん、ここにいる限りはずっとそうだしなぁ」
「あー、まぁね」
「キミ目当ての人間が多いとき、プレッシャーになったりしなかった?」
「うーん、あんまりあっさり立っちゃうとな、と思ってたから、焦らす間はかなり考えたけど、そのくらいかなぁ」
「“わー、ようやく立ったー”みたいに言われてたもんね」
「うん。でも、そのせいでみなさんには窮屈な思いをさせてしまって」
「いいんだよ。二本足で立ったからって便利なわけでもないし」
「そうそう。生活に支障はなかったよ。むしろおやつの回数が増えたりして、子育てのときホント助かった」
「そう言ってもらえると」
 モフモフの頭を下げると、皆がウンウン頷いた。

 とある動物園の敷地内に設置された小屋の中で、モフモフたちは穏やかに暮らしていた。
 ある日、普段は四足歩行のモフモフたちの中で、ひとりのモフモフが立ち上がった。
 腰が痛くて伸ばしたかっただけなのだけど、それを見た人間たちが「ワッ」と沸き立った。
 正直これだけでそんなに? ってくらいに、その行動目当てに人間が集まった。
 モフモフたちも集まった。
 相談した結果、最初に立った姿を見せたモフモフ以外、観客の前で二本足で立つのはやめようということになった。
 別に二本足で立てずとも生活に支障はなし、意義を申し立てるモフモフはいなかった。

 人間の間では珍しいと思われていた【二本足で立つモフモフ】がいると聞きつけて、メディアが取材に来た。放送後には更に客足が増して、モフモフたちがいる動物園は一躍有名になった。
 年間入場者数も増え、収益も増え、そこに住む動物たちや働く人間たちの生活が潤った。
 みんなが【二本足で立ったモフモフ】に感謝の気持ちを抱いていたが、当のモフモフは少し恐縮気味だ。
「もうだいぶ年老いたし、足腰も弱くなって二本足じゃ立たなくなったのに、いまだに会いに来てくれるんだから、嬉しいよなぁ」
「長生きしなきゃ! って思うよねー」
「うん」
「人間のほうもそうやって言ってる人いたよ。キミが元気だから自分も頑張ろうって」
「ありがたいなぁ」
「お互いが生き甲斐になってるんだねー」
「いい関係だねぇ」
「あ、四方山さんがドア開けにきたよ」
「そろそろ開園か」
「今日も頑張るかー」
「よーし、今日も可愛さアピールしていくぞー」
「「「おー」」」
 重いドアが開いて、外の景色が見えた。

 人工的に作られたフィールド内で、人間たちに見られながら過ごすのがモフモフたちの仕事。
 モフモフたちは今日も人間の心を癒し、希望を与え、生き甲斐となる。モフモフたちも人間の嬉しそうな顔に励まされ、可愛さに磨きをかける。
 園内は、今日も平和だ。

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