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【短編小説】2/18『空を舞う』

 空を飛んでやってきたその手紙は、窓の隙間をすり抜けて部屋に入った。
 部屋主であるジェシカの目の前で2、3度羽ばたいて、手の中に落ちる。
「あら、あの人からだわ」
 ジェシカは嬉しそうに言って封蝋をはがした。中に入っているのは一通の写真。
 封筒から出すと、光に反応して画(え)が動いた。
『やあ、久しぶり。元気かい? 僕はこの通りさ』
 マークは肩をすくめた。その手には白い包帯が巻かれている。
『だからこうして、初めてエアメールを使ってみた。どうかな、ちゃんと届いてるかな』
「ふふっ、届いてるわよ」
 ジェシカが楽しそうに返事する。もちろんマークには聞こえていない。
『実は……キミに伝えたいことがあってね……エアメールじゃ時間が足らないから、今度電話するね。時間を作ってもらえたら嬉しいな』
「まぁ、なにかしら」
 じゃあね、とマークが言って、手紙は終わった。
 ジェシカは早速、買い置きのエアメールを引き出しから取り出し、鏡に向かって身だしなみを整えてから想いをしたためた。
* * *
『はぁい、マーク。改まってどうしちゃったの? 電話はいつでも大歓迎よ! 早くあなたとおしゃべりしたいわ?』
 写真の中でジェシカが笑う。ふわふわの茶色い髪も、白い肌に散らばるそばかすも、少し大きく開いた胸元も、そのすべてがキュートでセクシーだ。
 もう少しこの情緒あるエアメールでやりとりをしていたいな、と思う反面、早く想いを伝えてスイートな間柄になりたいという欲求も抑えきれない。
 マークは机の端に置いてあるエアメールを手に取り、返信した。
* * *
『早速の返信ありがとう! 来週。来週の水曜日の夜8時に電話する。都合が悪かったら出なくて構わない。でもできれば、キミと話がしたい。良かったら……待っててほしい』
 はにかむようなマークの笑顔に、ジェシカの胸がときめいた。
 作成日から数えた“来週の水曜日”は明後日だ。いまからじゃエアメールを作っても間に合わない。それでも居ても立ってもいられなくて、また新しいエアメールを取り出した。
「たったいま届いたわ! きっとこの手紙が届くころには……私たちはステディな関係になってると思う! そうしたら、今度こそ、会いましょうね。遠い空より、愛をこめて……」

 写真を入れた封筒は、ジェシカの手を離れてはためき、空へ舞った。

 青い空に、同じようにはためく数通のエアメール。
 それは風に乗って、雨や嵐を乗り越えて、想いを届けに遠路はるばる旅をする。どんなにボロボロになっても、時には地や水に落ちようとも、必ず受取人の手の中へ。

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