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【短編小説】10/27『クマの子見ていたHeiratsantrag(ハイラーツアントラーク)』

「うわー……!」
 きっと私の目は、小さな子供のように輝いている。
 いま私の目の前には、憧れのテディベアがずらり。前からずっと来たかったテディベア専門店の中にいる。
 彼が誕生日になんでも贈ってくれるというのでリクエストしたのだ。
「どれでもいいよ、好きな子選んでね」
「えっ、けっこう高価な子いるよ……?」
 失礼かなと思いつつも確認してみたら、彼が少し困ったように笑った。
「大丈夫だから言ってるの。気にしないでいいよ」
「えー! ありがとう……!」
 棚に並ぶベアたちの顔をじっくり見ながら店内を回る私の横で、彼はニコニコと付き合ってくれている。
 あまり待たせるのも悪いなと思いつつも、この中から一体選ぶのはなかなか難しくて悩む。
「みんな可愛すぎて決められないよー」
 嬉しい悲鳴をあげたら、彼が笑った。レジカウンター内にいる女性の店員さん達もニコニコしてくれる。
「きっと運命の子がいるとは思うんだけど……」
 ふぅ、屈めていた腰を伸ばしたら、彼が棚の一角へ移動した。
「ちなみに、俺のおすすめは、コレ」
 彼が示したのは、小さなハートを抱えた10センチくらいの小さなベア。
 でもこれって……。
 驚いて彼を見たら、目を細めて笑みを浮かべた。
「やっぱ知ってた? どういう役目なのか」
「え、う、うん」
 だって、知ったときから憧れてたし、でも相手がいないのにお迎えするのもなぁって躊躇してたし。だから……。
 彼は小さなベアを掌に乗せ、私にそっと差し出した。
「キミとずっと、一緒にいたいから……ボクと結婚、してください」
 ベアが抱えたハート型のクッションの中に、私の誕生石が付いた指輪が入っていた。
 えぇー! えぇー! 嬉しすぎる! こんな素敵なプロポーズ、してもらえるなんて思ってもなかった。
「ぜひ、お願いします……!」
 私の答えに安心した顔を見せる彼。
 レジカウンター内の店員さんたちがワーッと拍手してくれた。
「ありがとうございます! 返品せずに済みました」
「良かったです~。改めてお包みすることもできるので、ご希望があれば」
「えっ、えっ?」
 戸惑う私にニコニコする店員さんたち。
「先に来てね、仕込ませてもらったの。さすがに売り物に勝手に指輪入れるわけいかないからさ」
「あ、あ、そうなんだ?」
「じゃあこの子と、ペアの子は一緒にケースに入れていただいてもいいですか」
「はい、お預かりいたします」
「で、それとは別に、好きな子選んでね」
「えっ、でも」
「誕生日と婚約とは、別の記念だから」
 あー、うー、あー、嬉しくて泣いてしまいそう。

 悩みに悩んで、私たちがお付き合いを始めた年に生まれた子に決めた。

 店員さんたちに見送られ、無事にお迎えした子たちと一緒に家へ帰る。
 落ち着いてから改めて、彼が私の指に婚約指輪を着けてくれた。
 なんだろう、実感があるようなないような、夢の中のような不思議な感覚。
 これからまだまだ色々決めなければならないことがたくさんあるんだってわかってるけど、いまはもうちょっと夢見心地な気分に浸っていたい。

 壁に置かれた私と彼のコレクション棚の一画、真ん中の空間に連れて帰ってきたテディベアたちを座らせる。
 思いがけない記念日にお迎えしたベアたちは、これからも私たちのことを見守ってくれるだろう。

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