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【短編小説】5/27『勇者だらけの町』

 全世界的に問題視されている【スライム絶滅の危機】。
 ここ最近の討伐ブームで自称・勇者が増え、レベル上げのために狩られる“スライム”が絶滅の危機に瀕している。
 絶滅保護危惧種に設定するという話もあがっているが、序盤のレベル上げが困難になるため制定するには至っていない。レベル上げができなければ、最終目標である“魔王”を倒すための力が備わらない、というのが大きな理由だ。
 代わりの魔物を生成する案も出たが、消すべき存在である魔物を人工的に増やしてどうする、絶滅させたほうがモンスターが減っていいのではないか、という意見もあり、結局解決には至っていない。

 ニュースは特に解決策を出すでもなく終わった。
「あんたも討伐マッチングアプリに登録くらいしておいたら? “世界を救った勇者一行”の一員になれるかもよ?」
 母の提案に僕は首を振った。
「いいよ、あれ選ばれたら拒否権ないっていうじゃん。僕、肉体労働苦手だから」
 学者の父に似た僕は、机で勉強したり実験したりするほうが好きだ。
「ごちそうさま。学校行ってくる」
「はい、行ってらっしゃい」
 家を出て、街に来訪中の勇者たちに挨拶をしながら魔物避けされた道に出る。
 僕ら一般人にはスライムでも立派な魔物。下手に遭遇したら命の危険がある。
 勇者や冒険者になるためにはある程度の資質が必要なんだけど、その中の一つに【生き返れる】というものがある。万人にあるわけではないその特殊能力は、魔物と戦うために必須な“天からのギフト”だ。
 ギフトを持たない一般人の僕は、街の商店で購入した【魔物避けの鈴】を装備している。魔物が嫌がる音が出て、装備者には寄ってこない。
 草原で勇者が数名、魔物と戦っている。このあたりは【はじまりの村】に近いから、駆け出しの勇者が多い。
 今日も無事大学に到着して、研究室にこもった。
 スライムねぇ。なんかそれらしい物質を組み合わせたら作れそうだけど……。
 調べたら材料は全部研究室にある物だった。特に申請が必要な危険物質も含まれていないから、なんとなく作ってみる。
 サラサラちょろちょろコネコネコネ……できちゃった。色素なくて透明だけど。
 でもこれはただの【スライムもどき】であって、自発的に動く【魔物のスライム】じゃない。
 ゲル状の物質は道端にいるスライムみたいに自立せず、シャーレにぺしゃぁと伸びている。
 これに自我を持たせるとしたら……。
 思いついて、無地のノートを一枚破った。そこに定規やコンパスを用いて魔法陣を描く。上にスライム入りのシャーレを置いて、両手をかざして呪文を唱えた。むにゃむにゃむにゃ。もちろん適当。映画かなんかで聞いたやつ。
 そしたらスライムがニョーンと伸びて、ポヨンと球体状になった。できたばかりの目をパチパチさせて僕を見る。
 見よう見まねの召喚魔術が成功しちゃったらしい。
 自立したスライムは上下にぽよぽよ。なにか言葉を発している。
『あるじの、ねがいは?』
「え、えっと……世界の平和を脅かす魔王を懲らしめて、世界に平和を取り戻す、こと」
『はぁーい』
 スライムは勢いよく跳ねて、換気のために開けていた窓から外へ飛んでった。
 慌てて窓の外を見たけど、透明なスライムは風景に同化して見つけられなかった。
 スライムだし、きっとどこかの【勇者】が倒しちゃうだろうな……なんか、ごめんね。
 初めて生み出した魔物? に感情移入しつつ、本来の研究に没頭した。
 それから数週間たったある日、娯楽番組が突如報道画面に切り替わった。
『速報です! 魔王が討伐されました! 繰り返します! さきほど魔王が討伐されました!』
 突然の吉報に世界中が湧いた。どこの勇者が偉業を成し遂げたのかと注目されたが、倒したのは勇者じゃなく【透明ななにか】らしい。
 それって、あいつ?
 後日、観光地化した【魔王の城】を訪ねたら、玉座に透明な塊が座っていた。
『あっ、あるじー! 久しぶり! 魔王、撤退させておいたよ!』
「やっぱりキミか!」
 ぽいんぽいん跳ねてこちらへやってきたのは、あの日作ったスライムだ。
『魔王いい奴でね、説得したら自分の世界に戻ってくれた』
「そうなんだ」
 召喚した“中身”、もしやめっちゃ強かった?
「約束を果たしてくれてありがとう。キミも元の世界に戻りたいなら、方法を調べるよ?」
『ううん、大丈夫。いつでも自力で帰れるから』
「そう。なら良かった」
『でもひとりは寂しいから仲間を呼びたいんだよね』
「仲間」
『そう。この世界に残されちゃった魔物たち』
「それなら……」
 僕の提案で、魔王の城は魔物が運営する遊戯施設になった。入場料は魔物の生活費に充ててもらう。
 平和的解決ができて良かったねって、僕と透明なスライムは笑い合った。

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