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【短編小説】8/30『林の中のなにか』

 田舎暮らしに憧れていたというパパが、都会から引っ越すと言い出した。
 転校するのは嫌だという僕の主張には聞く耳も持たず、どんどん準備を始めている。
「ママぁ」
「私も反対~」
「えー。ママがいなかったら誰がご飯使ってくれるのさー」
 パパの一言に僕は頭を抱える。
 イマドキ言うかな、そういうこと。不用意な一言で夫婦ゲンカ、果ては離婚話に発展、みたいなまとめ記事、見てないんだろうか。
「自分の都合で勝手言ってんのになんなの? 田舎暮らししたいなら自給自足する覚悟で行け。嫌がる人を巻き込むな」
 ママの意見に僕も賛同。かくしてパパは単身、引っ越すことになった。
 パパは翻訳家の仕事をしていて在宅業務中心だから関係ないだろうけど、ママは美容部員勤務、僕は中学受験を控えてるから簡単に引っ越しなんかできないのだ。
 僕とママの不満は、学校や職場を変えなきゃならないってことだけ。
 ママの仕事や僕の塾の都合で毎週末は無理だけど、たまには遊びに行くことにした。
 ママの終業時間に職場最寄り駅で落ち合い、そのまま出発。目的駅に着くと、パパが車で迎えに来てくれてた。
 パパが作った発展途上中の料理を食べてボーッとする。うん、悪くない。ママも案外気に入った様子。「別荘ができた~」って喜んでる。

 翌日は明け方に目が覚めた。
 折角だし、近くの山を探索することにした。両親に声をかけ、スマホのGPSを起動させる。
 人が作った山道を歩いていると、林の隙間で何かが動いた。
「え、動物? おいでおいで、なにもしないよー」
 隙間に声をかけたら、何かが出て来て『ぷきゅるをわぁ!』と喋った。
「……なに……え……なに?」
 それは見たことのない生き物だった。
 小さい兎のような身体と顔。でも耳は犬のように三角。身体の1.5倍くらいの長さがある尻尾はフサフサで、僕が乱視になっていなければ6本あるように見える。可愛い。けど……なんて生き物?
 そのコは僕になにか訴えてる。鳴いてるんじゃなくて、確実に喋っている。
 焦っているし、困っているよう。モフモフの小さい手を動かして、僕を招いている。
 不用意に山の奥に入るのは良くない。いやでも困ってるっぽいし……。
 そっと足を出して近づいたらそのコは僕を見て、更に林の奥へと誘導した。

「パパとママって、アレルギーあったりする?」
「え? なに突然」
「パパは甲殻類が」
「食物性じゃなくて動物性!」
「ないわよ」
「ないな。なんで」
「説明はできないけど驚かないで見て!」
 そう言って、僕が着ていた上着の中でぐったりしている生き物を両親に見せた。
「……猫、じゃないよな」
「分析はいいから。怪我してるんだ。なんとかならないかな」
「えぇ? 人間用の治療キットしかないけど……」
「それでいいから早く!」
「お、おぅ」
 瞬発力の鈍さにイライラしながらパパに動いてもらう。ママは「大変大変」と言いながら、パパのあとに着いてった。
「もう大丈夫だよ。あ、キミも入っておいで。心配でしょ」
「ぷきゅぅ」
 僕を呼んだコが遠慮がちに庭からリビングへあがる。
「足だけ拭いてもらおうかな」
 テーブル上に置かれた除菌ウェットティッシュを渡すと、そのコは小さな手で器用に掴んで、自分の手足を拭いた。なんとも言えない愛らしさだ。
 そっと抱きかかえて仲間の近くに置くと、心配そうに見つめている。
 ぐったりしているコは、罠にかかって怪我をしていた。動けず困っているのを知らせるために、元気なコが僕の前に出てきたらしい。
「あったあった。ちょっと沁みるかもしれないけど……増えてる」
「うわぁ、可愛い……!」
「早く!」
「おぉ。痛いかもしれないけど、ごめんなー」
 パパが言いながら傷口を優しく拭いた。
 少しビクリとしたけど危害を加えないとわかっているよう。静かに治療させてくれた。

「治るまでの間でいいから、保護できない?」
「構わないけど……なんて生き物?」
 パパの質問に答えられない。
 ママは色んな食べ物を乗せたお皿を並べて、好みに合うものがないかふたりに聞いてる。
「わからない。けど、そこの山の中で会った。困って僕に助けを求めてきた。だから……」
「獣医に診せられないだろうから、急に体調崩しても対応できないかもだけど、それでもいいなら……」
「ホント? パパありがとう!」
「こんな可愛いコがいるなら、移住してきてもいいかも~」
「え、ホント?」
「パパのご飯は作らないけど~」
 怪我してたコもだいぶ復活したみたい。ふたりはポキュプキュ言いながらカボチャを煮たのを食べ、ホットミルクを飲んでる。
「翻訳家なんだから、通訳してよ」
「無理。辞書ないし」
 ふたりがなんて生き物かはわからないけど、おかげで夫婦仲が回復したみたいで良かった。

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