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【短編小説】6/22『キチンと戴く』

 いまほど技術が発達していなかった時代、食料として獲られる生物が幾種類もいたと授業で習った。
 人口増加で食料が足りなくなった人間たちが、糧となりうる生物を獲り尽くし絶滅危惧種が増えたため、世界共通の法律として狩猟・漁獲、畜産に厳しい制限がかけられた。
 代わりに発達したのが【代替食品】。いまの僕たちの主食だ。
 味も食感も【本物】に近いが、人工的に作っているから栄養素の増減やアレルギー物質の除去が容易に行える。
 現在のように流通するまでには試行錯誤があったらしいけど、いまとなってはそれが普通。当たり前に食卓に並んでいる。
 僕の曾祖父母世代だといまだに『天然物の味が恋しい』っていう人もいるけど、その味すら知らない僕らにとって、いまの食糧はもう【代替】ではない。
 かつて食べられていた生物は、博物館などで見ることができる。剥製や特殊な液体に漬けられた状態のと、生きたまま展示されている生物が半々くらい。
 先日校外授業で訪れた水族館でも、生きた【蟹】を見ることができた。
 蜘蛛と似た形のその生き物は、当時でも高級品と重宝されたらしい。うちでも蟹の身を模したかまぼこが良く出るけど、【本物】はあれよりも美味しいと曽祖父が熱弁してくれた。
 見た目からは想像できないけど……そんなにも……。
 ヒトより食欲旺盛で好奇心の強い僕にそんな話したら、気になって夜も眠れないじゃないか。
 街の至る所に監視カメラがあるような時代だけれど、僕はその包囲網をすり抜けることができる。
 水族館内のカメラの死角になっている場所を割り出し、蟹の水槽に一番近い死角へ転送ポッドを設置した。自宅にあるもう1つのポッドから、自分の身体を転送できる優れもの。僕のオリジナルだ。
 途中で時空の歪みに入るからちょっと“時空酔い”するけど、便利さには代えられない。
 水族館の営業終了後、従業者も全員いなくなった時間を見計らって転送装置で侵入した。
 蟹の水槽の中を見たら、蟹の足が一本、底に落ちていた。どうやら他の蟹と喧嘩した際に取れたらしい。
 あれなら蟹自体を殺すことなく蟹の身を食べることができる。
 別のオリジナル装置を使って、手だけを水中に入れて蟹の足をゲット。
 トゲトゲぺとぺとしてなんだかちょっと……うーん。しかしせっかくだから持ち帰る。
 ガードロボが巡回を始める前に転移装置を回収しつつ水族館から脱出した。うーん、完璧。
 ネット上に残ってた情報によると、最初に水洗いしてから塩を入れたお湯で茹でるんだとか。パックから出してすぐ食べられる現代の【カニ】とは随分違う。正直面倒だが仕方ない。
 鍋に水を入れて湯を沸かし、水洗いした蟹の足を入れる。
 昔の人は丸ごと一匹を数十分かけて茹でてたらしいけど、そうまでして食べたいほど美味しい【本物の蟹】……うーん、楽しみ。
 茹で上がった蟹を自室に持って行って食べてみた。
 うん、確かに旨い、気がする。かまぼことソックリな味。しかし生き物の命を奪ってまで食べたいと思えるかっていったら、正直微妙。口の中がピリピリするし、【本物】ってみんなこんな感じなのかな。
 捨て方に困った殻はよく乾かして、引き出しの奥に隠した。
 様々な背徳感も相まって美味しく感じたけど、やっぱり僕には現代の食生活が合ってるみたい。
 それにしても、なんだか身体がムズムズする。袖をまくって腕を見たら、赤い湿疹がたくさん出ていた。心なしか呼吸も苦しいような……。
 時間が経っても治るどころか悪化する一方で、仕方なく両親の部屋へ行って体調不良を訴える。慌てた両親が緊急外来へ連れて行ってくれた。
 僕の症状を見て、医師が訝しげに告げる。
「これは……アレルギー反応ですね」
「アレルギーって……まさか、そんな」
「そうなんですよ。アレルギーが出るような食品、いまの時代には流通していないですし……。喋れるかな? なにか心当たりある?」
「……」
 正直に言えば犯罪者になってしまう。しかし原因が突き止められなければ症状が悪くなるかもしれない。最悪の場合……。
 意を決して、本物の蟹を食べたことを告げた。
 両親からはそんなものどこから、なんでそんなことを、なんて質問攻めにあったけど、お医者さんがまずは症状が治まってから、と宥めてくれた。
 翌日、警察官と水族館の人とお医者さんが僕の病室にやってきた。
 窃盗は窃盗だけど、自然に取れた蟹の足は高級料亭なんかに卸されるらしく、いずれ誰かに食べられる運命だったとか。
 水族館の人が被害届は出さないと言ってくれて、厳重注意だけで済んだ。
 蟹は足が取れてしまっても脱皮によって再生できると聞いて、僕は新たなアイデアを得た。
 保管していた殻を使って、とある発明品を作る。それがのちに我が世界の王の命を救うのだから、人生は面白い。

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