【短編小説】10/25『市販のルーで作るフツーのカレーの店』

 近所にできた新しいお店【市販のルーで作るフツーのカレーの店】。それが店の正式な名称。
 郵便受けに入ってたチラシには、若くて小奇麗な男女がカレーを作っている光景とメニュー表、店内の写真が載っていた。
 具材のほかに、各種メーカーの銘柄と辛さが選べるという説明に惹かれ、会社帰りに立ち寄ってみた。
「おかえりなさーい」
「「「おかえりなさーい」」」
 店のコンセプトなのか、来店の挨拶は帰宅時のそれだった。
「た、ただいま?」
「はいおかえりなさい、こちらの席にどうぞ」
 その出迎え方に見合うような、なんか複雑な注文方法とかあるのかなとビビったけど、普通にルーの銘柄と辛さと具材とボリュームを伝えるだけで済んだ。
 実家で良く食べていたカレーを再現してもらえたらいいなーって思ってたけど、さすがに完全再現は難しかった。
 うちのカレーは良く父親が作ってくれたけど、その場にある調味料色々入れて適当に作るからレシピ化するの無理とか言ってたし仕方ない。
 でも、専門店で食べるよりは確かに【家庭の味】だ。そうそうこれこれ。変にスパイスが際立ってない、こういうのが食べたかった。
 一人暮らしで作ると絶対余るし、次の日のカレーも美味しいけど、うちにはいま大家さんが家に備え付けてくれてるワンドアの冷蔵庫しかなくて、冷凍庫がないから保存が効かない。作ってから数日間のうちに食べきらないとならないけど、いやまぁ食べきれるとは思うんだけど、気分が乗らずに食べられなくて痛んじゃったらもったいないなーって。
 ……うん、言い訳です。
 一人分のカレーを作るのに野菜買ってルー買って野菜切って煮込んでルー入れて……の手順が単純に面倒です。レトルトカレーに頼りきりです。
 そんなわけで、家カレーが食べたくなったときにちょくちょく通ってたら店員さんに顔を覚えられた。いわゆる“常連さん”というやつになってしまったのだ。
 毎回違う銘柄とかトッピングを試すから“いつものメニュー”はないけど、“いつもの人”ではある。

 今日も久しぶりにお店に行ったら、雨のせいかお客さんが少なかった。
 休憩に入るという店長が相席して一緒に食べていいか聞いてきたから、どうぞと向かいの席を促した。
 店を立ち上げる時の話なんかを聞くのは結構面白くて、相席承知してよかったと思っていたら、店長が思い出したように言った。
「そうだ、今度新メニュー開発しようかと思ってるんですけど、試食会参加してもらえませんか?」
「え、いいんですか? ただの客なのに」
「うちのメニュー制覇しそうなの、吉岡さんくらいなんで」
「……そうなんだ」
「わりとみなさん、決まったメニューがあるというか、お気に入りがあるというか」
「あぁ、なるほど」
 いわゆる“冒険しない”というやつか。確かに気に入った味があったらそればっかりになっちゃうよな。
 この店で、いわゆる“定番”を持たないのが私くらいらしくて、それはそれで驚いた。
 あと、可愛かったりカッコ良かったりする店員さん目当てに通う人もいるそうで、そういう人たちはその店員さんがオススメするカレーを食べるんだとか。なんか納得。
 せっかくだし、そんな機会も滅多にないだろうから、試食会に参加させてもらった。
 店員さんがそれぞれの“家庭の味”であるカレーを作ってくれたんだけど、どのカレーも美味くて、もういっそ全部メニューにしちゃえばいいのにって感じ。
「そういえば、うちの祖父はカレーに醤油かけて食べる派だったんですけど、そういうのってやっぱ邪道です?」
 って聞いたら、店長がハッと閃いた顔をして「それだ!」と言った。
 正直店長以外の人たち全員「どれだ?」ってなったけど、店長はニコニコしながら自分の手帳になにか書き始めた。
 それから数日後に【ちょい足しスパイス】というサービスが開始された。
 ケチャップだのソースだの醤油だのコーヒーだのすりおろしりんごだの、そういった家庭内でカレーに入れられる調味料を、温めるときの小鍋に入れたり盛りつけ終わったカレーの上にかけられるようになった。
 調味料ごとにプラス料金が必要になるが、おおむね好評のよう。より一層自分ちのカレーに近づいた! と喜ぶお客さんが増えたそうだ。
「手間かかるサービスになっちゃってません?」
「いえ? どの道、提供時に温め直しますし、小さじ数杯程度の調味料入れるくらいなら別に」
「なるほど」
 新メニュー開発に貢献してくれたで賞、と称して、店長から一年間全メニュー無料カードをもらった。
 採算とれるか心配になったけど、あの店長のことだからその辺は計算済みだろうし、遠慮なく使わせてもらうことにした。

 市販のルーで作るフツーのカレーの店は、都会の一人暮らしに人気のお店だ。

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