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【短編小説】3/30『ハードボイルド猫のボス』

 俺たち猫のマフィア。麻薬(マタタビ)を取引したり、凄みを利かせてヒトをダメにしたり、みかじめ料としてヒトから食料を徴収したりしている。
 街のパトロールも俺らの仕事。シマを荒らされていないか、秩序は守られているかを日々確認してまわる。
「あっ、ボス~」
 時折声をかけてくるヒトが話しかけてきた。
「うちの子、また帰ってこなくなっちゃって。良ければまた、伝言お願いします」
『おう』
「ありがとう!」
 ヒトは俺に手を振る。気安く扱われてやるのも仕事のうちだ。そうしていれば飯を食うには困らない。
 部下たちの食糧確保もボスである俺の仕事。自分さえよければいいってわけじゃない。
『お、ツツジの』
『あ、ボス。お疲れ様です』
『おまえんとこのねーちゃん、探してたぞ』
『ありゃ、すんません。この辺りは安全だし、心配ないんだけどなぁ』
『ヒトと暮らすってのはそういうことだ。この辺はたまに車も通る。気を付けて帰れ』
『ありがとうございます。カイヌシが仕事から帰るまでには戻ります』
『おう』
 “ツツジ”はヒトが付けたこいつの呼称。ちんまいころ、ツツジの木の下で泣いているところを保護されたそうだ。
 この辺りは漁師町で、ヒトも猫もお互いに慣れている。だがいいやつばかりじゃあない。用心には用心を重ねるべきだ。
 シマを一通り周り終え、異常がないことを確認してアジトに戻る。
 ヒト用ドアの横にある俺用のドアをくぐって室内へ。
「おかえり~。今日は野良ちゃんいないのね」
『今日はみな、メシも寝床も確保できた』
「そう~。お外楽しかったの~」
 ニンゲンは俺の言葉を理解できない。「にゃー」とか「にょー」とか聞こえている様子。生物としての構造が違うのだからまぁ仕方ない。
 もし誰かから助けを求められたらすぐ迎えるよう、定位置で毛づくろいに取り掛かった。
「ぷっちはちゃんと自分で身支度できてえらいわねぇ」
 “ぷっち”はこのニンゲンが俺に付けた呼称。白くて透明で、つぶすと音が鳴るシートが好きだから、という由来らしい。
 それで遊ぶのはもうとっくに卒業したのだが、ニンゲンが持ってくるからたまに付き合ってやる。
 ピチン、パチンと音がなるのは、大人になったいまでもつまらなくはない。
 ちなみに身支度が“ちゃんとできない”のはニンゲンの伴侶。人間界で言う“夫”だ。
 ニンゲンが下着から洋服からなにから揃えないと自分ではなにもできないらしく、俺が家にいる間の三分の二くらいはその“夫”の愚痴を聞かされる。慣れているからどうということもない。

 今日もアジトで飯を喰らい、定位置で地面をならして横になる。
 ニンゲンはそんな俺をうっとりと見ている。
 窓の外には野良猫たち。この家のガレージを改造して、野良猫の居場所を作った。俺じゃなくてニンゲンが。
 窓からはガレージ全体が見えて、なにかあったらすぐ行けるようになっている。
 ガレージの様子を見つつ眠りにつき、起きたらまた見回りに出掛ける。
 ボスも楽じゃないぜ。

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