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【短編小説】9/25『骨董店のレジの横』

 売られていく売られていく、周りの物たちが全部。なのに僕は残ったまま、いつもの場所で佇んでる。
 買われていく買われていく、周りの物たちが全部。今日も僕は、いつもの場所でそれを見守る。
 寂しさなんてない。とは言わない。
 でも僕の周りには僕のように“感情”を持っている“物”がいない。だから寂しいと感じるのはきっと僕だけ。同時に、誇らしくも感じてるから、感情があるのは悪いことばかりじゃない。

 今日も店主はボクの顔を覗き込み、柔らかい布で身体をぬぐって頭を撫でてくれる。
 おはよう、今日もよろしくねって。
 ボクは昔、この店主に保護され、家族になった。とても可愛がってくれたから、恩返しがしたかった。
 でももう、ボクがいなくなることで皆を悲しませるのは嫌だなぁと“お世話係”の人に相談していたら、神様が陶器で出来たこの器を勧めてくれた。
 たくさん修行して許可をもらって、ボクはボクとしてこの家に戻ってくることができた。
 みんなにはボクが見えていないけど、心や頭の中で愛してくれてると知ってるから大丈夫。
 さぁ、今日も元気に開店だ。

 ドアの鍵を開け、店主が看板を裏返した。しばらくお客さんが来ないのはいつものこと。
 カウンター内に座った店主がボクに語り掛ける。
「あいつはいつになったら嫁さん連れてくるのかねぇ。跡継ぎがいないと困るんだよなぁ」
 そんな風に息子の行く末をボクに嘆くのもいつものこと。
 俺があいつくらいのときはさぁ~、なんて武勇伝を語りだして、しばしば奥方に睨みつけられたりもしている。
 伴侶がいないのも割といいもんだけどなぁ、とボクは思うけど、ボクらと人間たちとは違うんだろうな。
 店主が席を立ったから、ボクも店内を歩いて回る。うんうん、今日も異常なし。
 おっとお客さんだ。
 巡回を中断して奥にいる店主に伝えたら、気づいて来てくれた。店主と一緒にボクも定位置に戻る。
 常連のマダムがレースの日傘を畳みながら、出入口のドアをくぐった。
「どうも、いらっしゃい」
「こんにちは。まだまだ暑いわねぇ」
「本当に。年々暑くなりますね」
「いやよねぇ」
「ねぇ。そうそう、古伊万里の器、昨日買い付けしてきたので新しいのありますよ」
「あらホント? 見させてもらっちゃお」
 店主はマダムと一緒に、食器のコーナーへ移動した。談笑しながら新入荷の骨董品を説明してる。けれどお気に召したものがなかったみたい。他のものも見させてね、とマダムは店内を一人でゆったり見て回り、カウンターの内側に座った店主との談笑を再開した。
 ボクを見て、マダムが思い出したように言う。
「もうこのお店は、猫ちゃん飼わないの?」
「そうですねー。元気でいてくれるうちはいいんですけど、お別れが辛いので……」
「あぁ、そうねぇ、そうよねぇ」
「まぁまたご縁があれば、って感じですね」
 そうそう。あの時は家族全員で大泣きしてたよなぁ。
 ありがたいのと申し訳ないのと寂しいのとで、ボクも悲しくなったっけ。せめて子孫を残しておけば……とも思ったけど、結局いずれ、お別れすることに変わりはないのだ。

 ボクはカラダを抜け出して、店内を巡回する。店主がボクの首輪に付けてた鈴の音が、霊感がある人には聞こえるみたい。お客さんが店の中をキョロキョロ見回す姿を時折見かける。
 ある日来店した若い女性客もそのタイプらしく、ボクの器を正面から見つめて「ふむ」と小さく言った。居住スペースから出てきた店主となにやら話をしている。
 この人どうやら、ボクの本当の姿が見えてるみたい。
 どんな模様だったかとか、身体の大きさはとか、そんなことをポツポツ質問して帰っていった。
 それから店に良く来るようになったその人は、来る度ボクに声をかけてくれる。
「おはよう」「今日も可愛いね」「お店守ってて偉いね」「天才!」
 ははぁ、この人、ボクらの種族のことが大好きな、世間でいう“ゲボク”の人だな。
 返事をするボクの声は聞こえていないみたいだけど、表情から言いたいことを読み取ってくれてるみたい。
 いつもカワイイねって、器と一緒にボクの頭を撫でてくれる。
 その姿に見惚れていたのは店主の息子だ。
 彼女が来店すると奥からイソイソやってきて、店内の売り物をダシに会話していた。
 常連客になった女性は、しばらくしてこの店の若女将になった。店主の息子と結婚したのだ。
 ボクの左手の力が、伊達じゃなかったと証明された。ヤッター。

 ボクは招き猫。
 この店にお客さんが来るように、この店がなくならないように、手を招いて人や運を呼び寄せる。
 悲しさや寂しさを感じないくらい忙しくなればいいと願いながら。

 今日もボクは、このお店から旅立つ物たちを見守る。
 古めかしい店のレジの横で、座布団に座りながら。

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