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【短編小説】6/27『うちの味』

 お祝いごとがある日、ウチでは決まってちらし寿司が出てきた。
 酢飯の上に乗る食材は季節によって変わる。
 あるときは海鮮、あるときは野菜。その季節の旬の物を使って、父が作ってくれた。
 父は創作料理店の店主兼料理長で、家庭内で好評だったものをお店のメニューにしていた。新作の試食をさせてもらえることもあって、私と弟はそのたびにいっぱしの評論家気取りで感想を述べていた。
 父と母はそんな私たちを微笑ましく眺めつつ、参考になると思った意見は取り入れてくれた。
 大人になって私は結婚して家を出て、弟は父の店を継ぐために料理人の修行を始めた。
 たまに父の料理が恋しくなって、教えてもらったレシピをもとに作ってみるのだけど、どうも同じ味にならない。
 母に相談したら「そうやって家庭の味が出来上がっていくのよ」って言われた。いや、同じ味を出すにはどうすればいいのか聞いたんだけど……という返しには「お母さん作らないからわかんない」だそうで。
 料理人の父に味付けのことを気軽に聞いていいものかと悩んだけど、断られたらそれでいいやと聞いてみる。
『それは、使ってる材料が違うからじゃないかな』
「えー、やっぱ高級なの?」
『それなりに。あと、塩加減とか』
「塩加減」
『うん。気温とか体調とかで変えてる』
「それを習得するには?」
『料理人としての勘を養う』
「ムリだ」
『だから、たまには知也くん連れて帰ってきたらいい』
「えー、そしたら作ってくれる?」
『前もって教えてくれればな。その場にあるものでってなると、リクエストには答えられない』
「さすが“予約が取れない料理店店主”」
『いや、当たり前だし。お前ほんと出たとこ勝負だな』
「行き当たりばったりが楽しいじゃない」
『よくそれで俺の味を再現したいとか言うよな』
「だってー」
『……たまには帰っておいで。母さんも会いたがってる』
「うーん、まぁ、そのうち」
 濁して答えて、電話を切った。
 別に仲が悪いとかそういうのじゃないんだけど、実家ってなんか帰りづらい。
 子供の頃ずっと言ってた“お父さんのお店を継ぐ!”という目標を達成できなかった引け目というか、負い目というか。ましてや弟は継ぐための修行をしてるわけで。なんとなく、居場所がない気がしてしまう。
 旦那は私の料理を褒めてくれるけど、それは父の味をあまり知らないからで、やっぱり父の味と比べると、どうもなー。
 プロと素人の料理を比べること自体間違ってるんだけどさ。
 父の店は最近テレビなんかで良く取り上げられてる。母が教えてくれるから視るようにしてるんだけど、父も弟も、接客担当の母も、みんな楽しそうに働いてる。
 私だけ、蚊帳の外。
「もうちょっと嬉しそうに見たらいいのに」
「うーん……」
「今度の結婚記念日、お義父さんのお店、予約しようかな」
「いやぁ、いいよぉ」
「……俺、久しぶりにお義父さんの料理、食べたいんだよね」
「え、そうなの?」
「うん。初めてお邪魔したとき振る舞ってもらったチラシ寿司がめっちゃ旨かったからさ」
「味覚えてるんだ」
「俺、味覚鋭いほうよ?」
「そうか……」
「もちろん美夏のご飯も美味しいけどね? プロが作るのはまたちょっと、違うから」
「そうなんだよねー」
 父が使っている食材と同じものを使えば父の味が再現できるだろうか、と考えたけど、多分無理。
「知也と一緒に帰っておいで、とは言われてるんだけど」
「そうなの? じゃあ帰ろうよ。転勤とかになったら、気軽に帰れなくなるかもよ?」
「それは……そうだね」
 旦那の言葉に促され、重い腰を上げて帰省することにした。
 連絡したら両親は喜んでくれて、父は旦那と私のリクエストに応えて豪華なちらし寿司を作ってくれた。
「あー、そう! この酢飯の味です!」
「そうなのよ! 普通の酢じゃこの味出ないのよ!」
 ほろ酔いの父と旦那は意気投合して、食後に寿司酢を作り始めた。
「知也くんってお父さんそっくりね」
「えぇ? そうかなぁ」
「料理に対しての情熱が」
「あぁー……」
 旦那は父の教えで寿司酢レシピを習得したらしく、自宅に戻ってから再現して、ちらし寿司を作ってくれた。
「うわ、お父さんの味だ」
「やっぱお酢だったんだね」
 旦那は上機嫌だ。
「これからお祝いのときには、俺がちらし寿司作ってもいい?」
「是非」
 お願いして以降、旦那は記念日にちらし寿司を作ってくれるようになった。
 具材はその時々で手に入れやすかったり旦那が食べたいものだったり様々だ。
 父のちらし寿司とはまた違ったバリエーションが楽しい。
 いつか私たちに子供ができたら、きっとそれが“父の味”になるんだと思う。
 いつか聞いた母の言葉が蘇る。「そうやって家庭の味が出来上がっていくのよ」
 なるほど、納得だ。

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