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熱量

ある作家の対談を聞いて感じたことを残しておく。
自分の創作活動において常にピン留めしておきたい意識。


「面白い」は人それぞれで千差万別。
世の中にある数多の「面白い」の中で、自分が面白いと思ったものを表現していくのが作家。
それを世の中に問うのが本。
その本が売れるかどうかで、本当に世の中が面白いと思ってくれるのかどうかが変わってくる。

自分が感じた「面白い」は作家の個性。
「面白い」は他人に見出すものではない。
だから、自分の「面白い」が伝わるように、頑張ってスキルを磨いて表現していく。



自分の好きな作家、面白いと感じた本、創作物があるなら、自分がなにを「面白いもの」と思うかはおのずとわかるよね、という話。

この考え方はいいなと思った。

面白いものを書きたいなあ、何を書こうかなあ、売れる本・たくさんの人に評価されるものが書きたいなあ。……これだと自分の軸がぶれるし、何より書いていて楽しくない。

あくまで個人的な見解だけれども、書き手として大事なのは、書く表現行為に何かしらの楽しさを見いだすこと。表現せずにはいられない(やっていないと気持ち悪い)状態になっていること。
(楽しさというのは、たとえば書き始める構想が楽しい人もいれば、書いている最中が楽しい人もいると思う。自分の場合は書き終わった瞬間がすべて)

楽しくないと書いていてどんどんつらくなっていく。
だから、「面白い」を自分の外側に見出して書き続けるのはしんどい。
なんだか分からない「面白い」に左右されて、何のために書いていたんだっけ、何のために創作しているんだっけ、という疑念に捕らわれる。

「面白い」を自分の内側に見出す。
それを外側に発信する、共有する、提示する、訴求する意識を持つ。

情報発信しやすい今の時代なら、大多数の「面白い」を狙わなくても、自分の「面白い」で勝負して、本当に面白ければ、誰かに需要がある。
そう信じて、何事も自分の感情や感覚は大切にしていったほうがいいと再確認した。

あとは、自分の中から湧き上がる面白さや人に伝えたいものがあるかどうか。

創作をする人は何かしら自身から湧き上がる”何か”がある、だから創作をする人が多いのでは、と思うけれど、湧き上がるもの=熱意なんだと思う。

以前、マツコ会議でマツコさんが言っていた「熱量しか人に伝わらない」という言葉が今でも頭に残っている。
これは真理で、本当にそうだと思う。

熱量を持てるということは、好きだということ。
のめり込んで、向き合って、その人が大事にしているということ。
それが他人を動かす原動力になるのなら、どれだけ熱量を持てるか。これが創作においていちばん大事。

だから、いつでも、何度でも、自分に問い続けていきたい。



そこに”熱量”はあるか。

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