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超高齢社会・多死社会に向けて。人生会議が果たす役割~『-自分のため・家族のために今日から始める- 50歳からのエンディング・ダイアリー』著者、金子稚子さん講演

 65歳以上の人口が全体の25%を超える“超高齢社会”に入った2007年から10年以上が経つ日本。昨今では「終活」という言葉をよく聞くようになりました。親などの介護に直面している人はもちろん、そうではなくとも、ある程度の年齢になれば、「終活」に関心がないとは言っていられない時代です。しかし一体どんなことをすればいいのか、どうすればいいのかという疑問を抱える人も多いかと思います。そんな中、「死ぬための準備」ではなく、充実した最期を迎えるためにすぐにできることを提案しているのが、現在は終活ジャーナリストとして活躍している金子稚子さんです。金子さんが考案した「自分の価値観を周囲の人たちと共有するあなたのためのダイアリー」とはどんなものでしょうか。本の刊行を前に非公開で行われた講演の一部を抜粋した内容をお届けします。

2012年に亡くなった、夫・金子哲雄から託されて


 本日はよろしくお願いします。今日は『-自分のため・家族のために今日から始める-50歳のエンディング・ダイアリー』の出版に際して、この本を書いた背景や私たちを取り巻く社会状況などについてお話しできたらと思っています。講演タイトルを「超高齢社会・多死社会に向けて。人生会議が果たす役割」とちょっと堅めにさせていただきましたが、皆さん、「多死社会」って言葉を聞いたことありますでしょうか? 聞いたこと、ある方いらっしゃいますか? そうですよね。ほとんどいらっしゃいませんよね。
 今、終活ジャーナリストとして、ライフ・ターミナル・ネットワーク(LTN)という活動をしております。私は元々は編集者、ライター、あるいは広告系のプランナーやコピーライターとして、ディレクション、プロデュース的な仕事をしておりました。しかし夫が亡くなってからはこういった仕事からは足を洗って、「終活」の分野で活動をしています。
 
 厚生労働省の、人生の最終段階における医療の普及・啓発の在り方に関する検討会~治療がひと段落し、人生の終わりが見えてきたときの医療の在り方についてどう理解してもらうかを検討する会議にも関わらせていただきました。この会議は約30年前から5年に1度ぐらいのペースで行われており、直近では2018年3月にガイドラインが出されています。
 私は2012年10月に夫を亡くし、その1年後ぐらいから講演活動を開始しています。この間ちょっと計算してみたのですが、400回以上講演をして、約10万人近くにお話ししてきたことになります。コロナ禍以降はリアルな講演活動は減っていますが、去年はオンラインで生命保険会社の方たちを対象に4,000人規模の講演を行いました。
 元々は編集者ですので、表に出ることはありませんでした。でも夫が亡くなるときに、彼から引き継ぎをされたんです。彼が伝えたかったことを皆さんに伝えるようにと。そういったいきさつで、人前でお話しさせていただいたり、本をまとめさせていただくようになりました。

「人生会議」とは何か

 65歳以上が人口に占める割合を示す「高齢化率」がずっと上がり続けています。2021年のデータでは28.9%、約10人に3人が高齢者ですが、今後この割合がどんどん増えていく。つまり“高齢者が高い割合を占める未来がほぼ決まっている”という深刻な状況です。少子化ですので赤ちゃんが生まれなくて、なおかつ皆長生きである。これは経済・社会への影響ばかりか、支える人の人数は減っていくけれど、一方で高齢者など支援が必要な人の数は増えていくという、そういうことでもあります。
 この状況に対して、国は「困ったねー」とただ指をくわえて見ているわけではありません。「先生、どうしたらいいんですか」「役所で対策をたててください」「言われたらその通りやるから」といった、“なんでも専門家頼みの受け身の姿勢”から、医療やケアについても“お医者さん、ケアマネージャーさんといった専門家の人たちと一緒に考えていきましょうという能動的な姿勢”に国民ひとりひとりがなれるように、一生懸命変えていこうとしています。
 そういう流れの中に「人生会議」(アドバンス・ケア・プランニング)はあります。 厚生労働省の検討会は、“もう治療方法がありません”と言われてもその後に続く療養生活だったり、段々と体が衰えていく高齢の方の生活だったりの最期をどうしたらいいのか、医療やケアをどのように選んでいったらいいのか、こういうことを考えてもらうためにどういう啓発をしていけばいいのか、そういったことを検討する会議でした。
 先に述べましたが、2018年3月にこの検討会で検討された「人生会議」(アドバンス・ケア・プラン二ング)が盛り込まれたガイドラインが厚生労働省から出され、全国の医療機関や高齢者施設などはこれをやろうと動き始めたんですけども、現実にはなかなか難しい……という状態が続いています。
 なぜ難しいかというと、“あなたがもし死ぬとしたら……”という話は、医療や介護の現場ではなかなか言い出しにくいからです。実際、「私のこと殺す気ですか」「そんな話は聞きたくないです、先生から」といったことを言われることも多いようです。
 そこで国民への啓発が必要だということで吉本の芸人・小藪千豊さんをモデルにしたポスターを作って全国に配ろうとしました。そうしたら、このポスターに、多くの方が猛反発しました。「待て待て待て、俺の人生ここで終わり?」と言う関西弁のコピーにさえ、ふざけてるとか、ばかにしてるのか、という感情的な反応もありました。騒動の後に厚生労働省の人に聞いたところ、実際には賛否両論があり、「こういうネガティブなものは、マスコミも取り上げるので批判ばかりが目につきますが、同じぐらいよく言ってくれたという声もありました」と言っていました。命に関わることは、両極端に振れやすい。だから表現1つとっても伝えていくのがとても難しいというわけなんですね。

人生会議を行うにあたって大切なこと


 さて、「もしもの時に備えよう」ときくと、なんだか難しく感じてしまいますが、私がずっと提唱しているのはこういうことです。
 
・暮らしの中で嫌なこと好きなことを言葉にしよう
・気がかりなことを言葉にしよう
・大切にしていることを言葉にしよう
・本心を話せる、伝えられる人を見つけよう
・自分チームを作ろう
・他人の例は参考程度に
・緩和医療、緩和ケアについて基礎的なもの、ことを学ぼう
・人生の最終段階に起こることを知っておこう
 
 最後の2つに関しては、この10年の間に飛躍的に情報量が増えていますので、アンテナさえ立てておけば簡単に手に入れることができます。でも上の四つが難しい。嫌なことや好きなことを言葉にするのは、やろうと思っても案外できない人が多いんです。
 高齢になってから重病が見つかる。たとえば心疾患で治療法はあるけれども、90歳近い人に胸を開くような大きな手術をしていいものか、手術した後のことも考えて医療従事者はいろいろ考えるわけです。だけど、その子どもである50代、60代は「心臓が悪いんだったら治療すればいい」となる。しかし、90歳近い人が大手術をしたら、退院はできたとしても、以前と同じ生活に戻れない可能性も十分に考えられます。リハビリができないため筋力も回復できずに寝たきりになったり、認知症を発症したりしてそのまま最期を迎えてしまうかもしれません。人生の最終段階を、こんな風に暮らすことになってもいいんだろうかとお医者さんは考えるわけです。
「手術しなかったら死ぬんですよね」
「残念ながら。でも、手術しても完全には元に戻らない可能性が高いと思います」
 お医者さんと家族がこういうやりとりをすることもあります。だけど、いきなりそんな選択を迫られたら家族は頭の中が真っ白になるわけです。命に関わる治療の選択、しかも自分の命ではなく親の命のことです。そんなに簡単には決めることなどできません。親に聞きたくても意思の疎通ができない容体だったりする場合もあります。
 親の代わりに意思決定を迫られたとしたら、「親だったらどういう決断をするのだろう?」と考える人も多いと思いますが、親自身のことをどれだけ知っているでしょうか? 例えば何が好きだとか、大事にしてることは何かとか、案外わかっていないと思いませんか? そもそも本人ですら、自分のことをうまく説明できないことも多いはずです。
 
 今回出版したこの本は、「レコーディングダイエット」のような感じで、毎日自分の頭に浮かんだ人とか、会った人などをメモしていくだけなんですね。日記を書けと言われても普通の人はなかなか書けない。でも項目ごとに起こったことを記録していく。それを1週間に1回振り返ってまとめて、1ヵ月に1回振り返ってまとめて、という作業なら日記よりはハードルが低いのではないでしょうか。まずそれが第1段階です。そうやって自分を記録していくことで、自分を見える化し、自分のことを人に伝える準備をします。第2段階はそれをもとに家族や友人など周囲の人と話し合うこと。お医者さんや看護師さん、ケアマネージャーさんなど医療や介護の専門家と人生会議をやりましょうという機会がある人は、ぜひこの自分の記録を使ってみてください。
 医療はどんどん進歩します。しかし、人の体は理論通りにならないことも多い。想定通りの治療ができない不測の事態も十分起こり得ます。事前に決めていてもその通りにならないこともあるわけです。だからこそ、本質的なことを周囲の人と共有することがとても大切になるというわけです。例えば「お母さんだったら、きっとこうするだろう」と判断できるくらいに。
それにはまず、自分のことを自分の言葉で説明できることが必要です。まずは記録することで「自分」を再確認(発見)しましょう。そして、周囲の人と語り合い始めていただけたらと思います。

開催日:2022年8月8日 (都内某所にて)

金子稚子(かねこ・わかこ)…
終活ジャーナリスト/ライフ・ターミナル・ネットワーク代表。病気の確定診断と同時に死の宣告を受けた夫の闘病や死に寄り添う中で、死がタブー視されるがために起こっている様々な問題に気づく。夫と死別後は、編集者の経験を生かして、医療から葬儀・供養、墓、さらには遺族ケアに至るまで、死の前後に関わる様々な事象や取り組み、産業を取材。各学会や研修会に講師として多数登壇。人生100年時代を迎えた今、死を捉え直し、多岐に渡る情報提供や支援とともに、「本気の終活」として私たち自身が自分で「いきかた」を決める必要性を訴えている。著書に『アクティブ・エンディング 大人の「終活」新作法』(河出書房新社)等。医療法人社団ユメイン野崎クリニック顧問。厚生労働省「人生の最終段階における医療の普及・啓発の在り方に関する検討会」構成員。夫は、2012年10月に他界した流通ジャーナリストの金子哲雄。

『-自分のため・家族のために今日から始める-50歳のエンディング・ダイアリー』
金子稚子 著
A5判/並製 146ページ
ISBN 978-4-909646-63-7
定価(税込み) 1,100円(税込)

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