見出し画像

ソウルフル・ピープル~ヴィーガンシェフ、コービーがひも解く ブラックカルチャー

「ブラックカルチャーを探して」の5回目は、LA在住のヒップホップ・ジャーナリスト、塚田桂子さん。彼女が紹介してくれたのは、音楽やアートに携わりながら、料理の世界に足を踏み入れたハイチ系移民の男性、コービーさん。塚田さんを感激させたヘルシーなヴィーガン料理の魅力に加え、ラスタファリアンやヴゥードゥーの文化に接続するヴィーガニズムの奥深さ、そして自らのルーツであるハイチの人びとの精神性や独自の哲学までをたっぷりと語ってくれました。


 NYはブルックリンでハイチ系移民の息子として生まれ育ち、現在はLAでヴィーガンシェフとして活躍するシェフ・コービーことコービー・ベノワは、DJ、プロデューサー、ヴィジュアルアーティストなど、多彩な才能を併せ持っている。友達の紹介で初めてコービーと会ったのは、10年ほど前にLAの大手自然食料品店ホウルフーズで彼が行った、ロウ・ヴィーガンフード(*1)のワークショップでのことだった。世の中にはまだまだヴィーガンに対する偏見があり、わたしも野菜は大好きだけれど、正直、厳格な完全菜食主義であるヴィーガンフードにはどこか抵抗があった。しかし実際に食べてみたら、その意外な美味しさと食後の胃の軽さにすっかり魅了されてしまった。その後、彼が作ったヴィーガン風ソウルフードの美味しさにも感動。落ち着いた物腰と活力溢れる声、聡明で創造的な頭脳を通して、ヴィーガンの世界からラスタファリアン(*2)ヴゥードゥー(*3)文化、ソウルフード、ハイチの魅力まで、彼のソウルフルなストーリーに耳を傾けた。

ポートレート1

Photo by Chef Korby

健康問題からヴィーガンに。クリエイティブワークからシェフの道へ


 子どもの頃から苦しんだ健康問題が原因で、2001年からヴィーガンの道を選び、徐々に健康を取り戻したコービーは、食に大いなる興味を持ち、母親に買ってもらった電気フライパンで料理を楽しむ子ども時代を過ごした。ヴィーガン歴19年になる彼の身体と精神は、その食事法を通してどのように変わっていったのだろうか。

「子どもの頃から体重の問題を抱えていて、ずっしりした体型だった。深刻な健康問題もあって、17歳のときに手術をしたんだ。ファストフードを食べると、いつも体が否定的な反応をしていたんだけど、子どもだったから食事と関連付けができなくて、それが日常の一部になっていた。生活スタイルを変えようと決めてから、心も体も魂も強い状態になっていったんだ」

 さまざまな理由から、厳格なヴィーガンや、卵や魚介類はいただくヴェジタリアンになる人たちは多いが、そこからシェフになる人はごくわずかだ。そもそも彼がヴィーガンのシェフになったきっかけは何だったのだろうか。

「人生を通して僕は常に起業家で、音楽の仕事やヴィジュアルアートの仕事、音楽ジャーナリストをしていても常に自立の発想があったし、これが自分が望む人生だと思っていた。音楽業界で働いていたとき、8カ月の任務を担当していたんだけど、その期間が終わると6カ月休んで再開することになった。それじゃ僕はしばらく無職になってしまう。なぜか失業手当の申請もできなくて、そのエンターテイメント会社の経営者に、『君には戻ってきて欲しいから、次の数カ月レストランで働いたらどうだ?』って言われたんだ。そんなこと考えてもいなかったよ。そこでマンハッタンで高級ヴィーガンカフェでの仕事を見つけて、それが初めてのキッチンでの仕事になった。そこからいろんなキッチンで働いたよ。その後LAに引っ越す決断をしたんだけど、ここでは僕の音楽やヴィジュアルアートのキャリアも切り拓ける。大きなヴィーガン文化や大麻文化があるし、美しい天候やビーチもある。それまで僕は公式なシェフになったことがなかった。いつもラインコック(コック長ではないコック)やコック見習い、ジューサー担当だったり、レストランのチームのサポート担当だった。そこで自分に言い聞かせたんだ。LAに移ったら僕はシェフだ、って。僕は創造的な人間でいろんなアイディアがあるし、ヴィーガンフードで豊富な経験があるし、あらゆるキッチンで働いてきたんだから、僕のゲームを向上させようと思ったんだ」

ラスタファリアンとヴィーガニズムとのつながり、
そしてヴゥードゥー文化


 レゲエ好きな人ならきっと耳にしたことのある「ラスタファリアン」でもあるコービーに、その文化と彼らが実践するヴィーガンとの関係性についても尋ねてみた。

「まずラスタファライ(ラスタファリ)というのは、1930年11月2日に王座を得たエチオピア国王の称号で、彼はソロモン王とシバ女王に遡るレガシーを引き継いだ実際の子孫なんだ。彼はこの文化の中では神聖な存在として認識されていて、人びとがライタファライを称賛する生活様式がある。これにはハイレ・セラシエ皇帝への崇拝、エチオピア君主制のレガシーと、自然との関連、形而上学、アフリカに祖先を持つ土着の人たちに係る古代の伝統が挙げられる。そして彼らはヴィーガンの食事を実践している。カリブ海ではいろんな食材が手に入る。ジャマイカではマンゴ、パンノキ(*4)アキ―(*5)、アメリカでは入手困難、またはまったく手に入らないさまざまな果物や野菜を見つけることができる。生活様式は非常にプロ・ブラック(黒人支持)で、人びとは自分のルーツや文化を熟知していて、自分たちは自然の一部だと理解しているんだ」

 単純な発想ではあるが、ハイチと言えば思い浮かぶのが、呪術的要素のある民間信仰の「ヴゥードゥー」文化。コービーの身の回りのハイチ系移民の人たちは、この地でもヴゥードゥーイズムを実践しているのかが気になった。

「ハイチ系のより若い世代はスピリチュアルな方向に変わっていってるよね。僕はヴゥードゥー文化で育ってなくて、数は少ないけどこの文化を定着させた友達がいるよ。アフリカに祖先を持つ身として、祖先が残してくれたさまざまな手段の存在を理解することは非常に重要だ。僕たちの祖先はとても賢明で、自然レヴェルで核心を突いた物事を知っていた。シャーマン(霊魂との交信や病気を治療できると信じられている宗教指導者)や「ブッシュドクター」と見なされている人たちがいるアフリカの地域では、泥の中の足跡を見て性別や年齢、妊娠している女性なら(胎児が)何ヵ月目かを診断することができる。僕たちのルーツにはこうした知識がある。ヴゥードゥーについては、自然と連携した高度な科学として見ていて、やはり自然と祖先に立ち返るんだ」


 ハーレムで日本の観光客をゴスペルツアーやソウルフードレストランに連れていく、ツアーガイドのアシスタントをしていた経験から、わたしは今でもときどき、伝統的なソウルフードがむしょうに食べたくなる。同時に、ヴィーガン的なアプローチのソウルフードも大好きだ。コービーのシグニチャーディッシュのひとつで、日本でも馴染み深いしめじを使ってアレンジした南部式フライドチキン“風”料理もまた、実に絶品だ。このソウルフードの背景、アメリカ黒人のフード文化の重要性について、コービーがひも説く。

「黒人は非常に興味深い人びとなんだ。僕たちが素のままの自分で機能していても、すべてがソウルフル(魂のこもった、愛情に満ちた)になる。ソウルフルに歩き、ソウルフルに話し、ソウルフルに音楽を作り、ソウルフルにアートを作り、ソウルフルに愛の営みをして、ソウルフルにコミュニケーションを取る。僕の声の動き方にはリズムがあって好きだと言われたことがある。だからもちろん、僕たちは食事もソウルフルに作るってことさ。それだけじゃなく、僕たちは食べ物にソウルフルな要素を期待するんだ。

 僕はあのしめじの料理で知られていているんだけど、あの料理を創り出したきっかけは、母の料理を再現しようと試みたことなんだ。この文化(アメリカ黒人の文化=ソウルフード)は、僕の母や家族のものではないけれど、母は料理上手で創造的な人で、南部式フライドチキンとは違うけど、すごく味わい深い独自のフライドチキンをよく作ってくれたんだ。僕がしめじを使ってみようと決めたとき、作り方の基本的な枠組みはあったんだけど、お袋の味付けで再現したいと思った。僕の家を訪ねてきた人たちはみんな、『君のお母さんのフライドチキンは美味しいよねえ!』と絶賛していたからね」

商品2

シェフ・コービーが毎週提供している食事プランのひとつ。左上から時計回りに:1. 南部式しめじ、2. ケール炒め、3. ジョロフキヌア、4. シェルマカロニのひよこ豆チポトレ。Photo by Chef Korby

画像4

ロウくるみ寿司 (Raw Walnut Sushi)。Photo by Chef Korby

黒人コミュニティの健康問題とハイチ人の誇り高い精神性

 アメリカ黒人が創り上げた素晴らしい文化が豊富である一方、悲しいかな、この国の黒人には、さまざまな理由から心臓病、高血圧、がん、糖尿病、脳卒中、末梢動脈障害などを患っている人が多いのもまた事実だ。食事を変えることで病気を克服してきたコービーに、この国の黒人コミュニティにおける健康問題について掘り下げてもらった。

「そういう健康問題の原因の多くは、西洋化された食事を食べることから生じている。西洋的な生き方では、植生景観を壊しても全く問題なしとなる。でも、それを社会の機能として取り入れておいて、その精神性が人生の他のエリアに影響を与えないなんてことはあり得ない。だから僕たちはその精神性を、僕たちの体や人間関係にも用いている。だから僕たちは人を癒すことには馴染みや興味はないが、治療することには興味がある。

 僕たち黒人コミュニティでは食べ物は儀式的で神聖なものなんだ。黒人の歴史を振り返ると、僕たちは奴隷制時代に動物の最悪の部分を与えられて、そこから自分たちが大好きな料理を作り出したことがわかる。豚の腸とか豚足とかさ。ひどい食べ物だ、まさに体に毒だよ。でも僕たちはそこにソウルを入れ込む方法を知っていた。でも僕たちには変えなければならないことがたくさんある。僕たちは家族の状態、健康、僕たちの存在についていろんな会話をする必要がある。全体的な問題として取り組まなければならない。よりマインドフルな生き方の方が望ましいんだ」

 ハイチの人たちの素晴らしさの中でも、わたしが特に印象的だと感じたことがふたつある。ハイチは奴隷制に対して大規模な革命と反乱を起こした数少ない国であったこと。また、2010年に破壊的な地震がハイチを襲った際、世界の遺伝子組み換え作物市場を独占するグローバル企業のモンサントが、ハイチの再建を助けるために大量に種を寄付した際に、ハイチの人たちはそれを拒否して燃やしてしまったのだ(*6)。その反骨精神や誇り高い精神性、勇敢で高潔な行動を取ってきたハイチ人の魅力について、ハイチ系アメリカ人のコービーが解き明かす。

「ソウルフル・ピープルなんだ。僕はNY市のハイチ系コミュニティの中で育ったんだけど、ハイチ人は生命力に溢れているよ。非常に強い信念を持っていて、威厳がある。また、その多くは人びとのために正しく公正なことをしたい人たちなんだ。そのことは、僕たちの血に備わっているんだよ。僕らは反骨精神というゴールドを持っている。ハイチ人は大抵、ベナン、トーゴ、ナイジェリアやガーナのある地区の出身者だ。事実、ヴゥードゥーはベナンとトーゴからハイチに持ち込まれた。僕たちは即興が非常に得意なんだ。もし手の中に1つだけ物があるとしたら、それを道具として使う方法を見つけ出す。そしてその道具を別の道具を作り出すために使う。それが僕たちの精神性なんだ」

ポートレート2

Photo by Chef Korby

僕はむしろ、「小切手を切れ!!!」と叫びたい


 今年の5月に白人警官によってジョージ・フロイド氏が殺害された事件から、ブラック・ライヴズ・マター運動(以下BLM)が再燃し、全米だけでなく全世界に広がった。この運動に賛同する黒人が多い中、さまざまな理由や歴史から、別のアプローチを取る黒人も少なからずいる。コービー自身もBLMのデモに参加したことがなく、この運動には思うところがあるようだ。

「BLM運動に係る人たちの今までの努力を軽視していないし、僕が愛する多くの友達がBLMに全力を注ぐ姿も見てきている。とても気高いことだと思うし、支持はしているよ。ただ、僕が一翼を担いたい運動だと思える状態には達していない。だからと言って彼らの労力に感謝できないわけじゃないんだ。僕はあれだけの規模で人びとを動かせるような取り組みは何もしていないけど、黒人は本当に黒人が抱える問題について調べて解決していく必要があると思っている。物事の背後に潜むお金ということになると、自分がやっていることに関してさえ、資金や財源について不信感を持っているんだ。僕たち黒人が、もっと思い通りに物事をコントロールする姿を見たい。

 おそらく僕が言いたいのは、“ブラック・ライヴズ・マター”というフレーズを言う必要はないと思っているってこと。僕が……重要だって、わざわざ言わないといけないのか??? 僕は彼らの言っていることをはるかに超えてるよ。僕はどっちかっていうと、『おい、小切手を切れよ』と言いたい。僕たち黒人は公平な経済的な土俵に出ていく必要がある。僕はむしろ『黒人の命は重要だ!』と叫ぶより、『小切手を切れ!!!』と叫びたいね。僕はもともと資本主義者ではないけど、僕たちはその制度の下で暮らしている。黒人が抱える多くの問題は、構造的なものからきている。ストリートやNBAの試合で、床に象徴的な“ブラック・ライヴズ・マター”の文字を描くジェスチャーをする一方で……いや、クールだと思うよ!……でも、それが僕たちのコミュニティが抱えるより大きな問題を解決するわけじゃない。象徴的なものだ。だからって、“ブラック・ライヴズ・マター”が象徴的な努力に過ぎないと言いたいわけでもない。ただ僕は、必ずしもそれに協調する必要性を感じていないんだ」

 現在、2021年出版予定の初の料理本『No Mistakes Allowed』を執筆中だというコービーが、日本の読者たちへのメッセージを届けてくれた。

「僕はいつもあなたたちの文化や国に興味を持っているんだ。日本では黒人のアートや文化に大いに畏敬の念が持たれていることも知っている。アメリカに住むとても興味深い日本人と遭遇することも多いし、日本の人たちにもっとヴィーガニズムを勧めたいね。日本文化には料理の点から到達したんだ……ひじき、わかめ、海苔、あらめとかの素材にね。僕はそれらについて以前は知らなかったけれど、とても興味深い。また、日本の食事では一般的な素材だ。もし日本の市場に行く機会があったら、いろいろ実験して理解を深めたいね。
 日本の人たちに愛を送るよ。みなさん、どうぞ安全で健康でいてください。それから今、初めての料理本を書いているところなんだ。ラキムにインスピレーションを受けた“No Mistakes Allowed”(「間違いは許されない」の意)というタイトルなんだけどね(*7 “Eric B. Is President”という曲のリリックより)、来年の半ばには出版したいと思っている。僕の個人的なストーリーも入れる予定だ。このタイトルは、「失敗や間違いは許されない」というメッセージを暗示するように思うかもしれないけど、違うんだ。僕は人びとに失敗することを推奨したい、人びとに実験して間違いから学んでもらうのがゴールだよ。自分の道のりを信じて欲しいんだ」

*1 ロウ・ヴィーガン:生の野菜や果物だけを食べる菜食主義のこと。
 厳密には48℃以上で加熱されたものは食べないことが特徴とされている。
*2 ラスタファリアン:黒人と聖書の結びつきを訴えたエチオピアニズム
を元に、エチオピアのハイレ・セラシエ皇帝、パン・アフリカ主義を提唱したマーカス・ガーベイを通してジャマイカで始まった、ラスタファリ(ラスタファライ)運動の実践者で、ラスタとも呼ばれる。アフリカから強制的に連れ去られ、奴隷として生きていくことを余儀なくされたアフリカ系の人たちによるアフリカ回帰運動を奨励したり、菜食主義(アイタルフードと呼ばれる自然食)や大麻(ガンジャ)、ドレッドロックなどを聖なるものととらえる生活様式を実践する。
*3 ヴゥードゥー:カリブ海の島国、ハイチやアメリカのニューオー
 リンズなどで信仰されている民間信仰のこと。
*4 パンノキ:クワ科の常緑樹で、15~20mほどの高さに成長する高木。
 ぼこぼこした突起のある緑色の果実をつける。果実の白い果肉は、焼くと
 パンのような触感がある。
*5 アキ―:ムクロギ科アキー属の樹木とその果実のこと。果実はジャ
 マイカでは広く食用として使われている。
*6 地震による被害から国の再建を助けるため、モンサントはハイチに 
 400万ドル(約4.2億円)相当の交配種の種を寄付したが、「有毒な種を取
 り入れることは、ハイチにとって大規模な攻撃になる」として、国は小作
 農家に種を燃やすよう要請した。寄付された種は遺伝子組み換えではなか
 ったとされているが、毒性の高い化学物質が加えられていたと言われてい
 る。また、モンサントが販売する種は、育てた作物から再び種を作り出す
 ことができないよう改良されており、毎年同社から種を買わせることでグ
 ローバル企業に成長したことでも悪名高い。
*7 1980年代に活躍したアメリカのヒップホップ・デュオ、エリック・B&
 ラキムの『Paid In Full』 (1987)に収録された“Eric B. Is President ”という
 曲のリリックの一節。ラキムは同デュオのラッパーで、伝説的な存在。

Chef Korby:
instagram: @chefkorby (https://www.instagram.com/chefkorby/?hl=en )
twitter: @ChefKorby  (https://twitter.com/ChefKorby)

Give Thanx to Chef Korby, Motoko Oshino & Shino Yanagawa for making this all happen!

文:塚田桂子

著者プロフィール:
塚田桂子(つかだけいこ):ヒップホップ・ジャーナリスト、翻訳者。NYを経てLA在住。1995年に渡米し、大学で音楽、アフリカ系アメリカ人学を専攻、ハーレムでツアーガイドのアシスタントを経て、ヒップホップ・アーティスト、プロデューサー等のインタヴュー、ヒップホップアルバムのライナーノーツ執筆、リリック対訳などに携わる。訳書に『ギャングスタ・ラップの歴史』。twitter: @kokosoultrane (https://twitter.com/kokosoultrane) blog: kokosoul.exblog.jp (https://kokosoul.exblog.jp/)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?