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五郎丸選手のルーティン 追い求めた「不動の魂」

このマガジンでは、小松成美が様々な人に取材した、北國新聞の連載「情熱取材ノート」の過去のアーカイブを掲載いたします。

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情熱取材ノート vol.1 五郎丸歩

正確無比(せいかくむひ)。
志操堅固(しそうけんご)。
神色自若(しんしょくじじゃく)。 
一意専心(いちいせんしん)。 

五郎丸歩のゴールキックを見ていると、こうした言葉が頭を駆け巡る。

緊迫の場面であっても顔色一つ変えず、平然と落ち着いている。その心はどんな環境でも左右されず、志を守って変えることがない。そして、弧を描くボールの行方は、比べるものがないほどに正確だ。

 ラグビーワールドカップ2015イングランド大会で見せた五郎丸の果敢なプレーと鮮烈なリーダーシップは、日本代表に3勝をもたらしただけでなく、列島にラグビー旋風を巻き起こした。そして、皆を虜(とりこ)にしたあの“五郎丸ポーズ”。ラグビーというチームスポーツの中で唯一孤独を強いられるキッカーは、泰然としたその心の様を「不動の魂」と呼んだ。

「2012年にエディー・ジョーンズヘッドコーチが就任し、僕がジャパンのメンバーに招集されワールドカップを戦うまでの期間。それは、折れない心、ぶれない魂を求める4年間でもありました」

 まるで修験者のような彼の言葉に、私は虚を突かれた。エディーヘッドコーチが課した悲鳴を上げるほどの厳しいトレーニングを積んだ五郎丸から、爆(は)ぜるような闘志の軌跡を聞くとばかり思っていたからだ。

 五郎丸は言った。「南アフリカを撃破する肉体とスキルを身につけるための激しい練習は、確かに苦しく激しいものでしたが、同時に僕にはキックの成功率を極限まで高めるという使命がありました。だからこそ、固く強く決して動じない、静謐(せいひつ)な心が必要だったのです」

 限界まで肉体を駆使しながら、五郎丸は求道者のごとく、静かなる精神を求めていた。

5%のアップ


 エディーヘッドコーチが「世界3位の南アフリカに勝利するため」に掲げたのはキック成功率85%。

 すでに80%の成功率を保っていた五郎丸でさえ、5%の成功率アップは至難の業だった。五郎丸はこう振り返る。

「キック専門のコーチに『ゴローには教えることはない』と言われました。僕自身、キックの技術の完成度には自信があった。だからこそ、85%を目指すには、肉体のコンディションはもちろん、どんな状況にも左右されない精神性を手にする必要がありました」

 そのために用いたのがルーティンだ。正しくは「プリ・パフォーマンス・ルーティン」と呼ばれ、プレーする前の身体的な動きを一定のパターンにすることを目的とする。スポーツにおけるルーティンは、単なる形式やゲン担ぎではない。自己の力を最大限に発揮するために行う「手法」なのである。「何度も同じ動作を練習し、完璧に遂行することにより、それに続くキックもスムーズに完璧に行うことができるのです」

 五郎丸がキックするまでの動作を誰もが思い描くことができるだろう。ティーを置き、ボールを宙で2回回してからセットする。3歩下がって左に2歩。右腕をスイングさせキックのイメージを掴(つか)む。間もなく、膝をそろえて中腰になり両手を合わせて祈るようなポーズを取ると、8歩で右足を振り抜くのだ。
「あの動作の間にはなにも考えていません。“無”です。動じない魂を体の中心に据えているだけです」

最終戦後に涙

 チームのために走り、重圧に耐えてキックを蹴っていた五郎丸は、最終戦後に人目も憚(はばか)らず涙を流した。その時の思いを聞くと、彼は照れたように顎の髭(ひげ)に手をやった。

「戦いが終わったその瞬間、胸に込み上げていたのは、ベスト8に残れなかった悔しさと同時に、エディージャパンというチームとラグビーというスポーツへの愛情でした」

 ワールドカップでの五郎丸の苛烈なプレーを支えていたのは、その激しさとは対極にある静かなる不動の魂だった。

「自己の精神と向き合った毎日。その4年間は途轍(とてつ)もなく長かったですね。なんだか物凄(ものすご)く歳を取ったような気がします」

 そう言って笑顔を見せた五郎丸。その目は少年のように煌(きら)めいていた。                            

(※このテキストは、北國新聞の「情熱取材ノート」において過去に連載したものです※本コンテンツの無断転載を禁じます。著作権は小松成美に帰属します)

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