見出し画像

なぜ私に思いやりがないのだろうか

籠目と十薬の会話

「よく心がないって言われるんです。」
籠目は言った。
「どうしたの?そんなに急に」
「誰よりもメンタルを酷使してるのに」
十薬は驚きながら言葉を刺した。
「ぐっっっ、、、やめてくださいよ」
「最近はそんなに残業してませんし心体共に健康ですよ!」

「ふーん。心が隠れているのかもね、君に言ってきた人には君の心が見えなかったんだよ。」
背もたれに寄っかかり、ささくれを見ながら十薬は答えた。籠目に背を向けたまま。
「君の専門は心理学だったよね、君は心を学んで何を感じていたか思い出してご覧。」
師匠は意地悪な人だ。
「そうですね。心は流動的だと感じました。」
私は拗ねながらも答えた。
「人の心はよく器という言葉で説明されます。なら私の心は器から流れていってしまったのでしょうか」

籠目は途端に泣き始めてしまった。
「本当にそう思うかい?」
「確信してますよ。」
眼からは涙が垂れ、前髪が濡れてきた。
手は忙しなく動かされ、o2で溺れている。

微かな息切れと嗚咽が耳にこびりつく。何も手につかなくなってきた。
「やっぱり合ってないのかなぁ」
「やっぱり違うんだ!常識も倫理も知識も思想もすべからくわたしにはうまく当てはまってないんだぁ、、ふふっ、ははは。」どーせししょーも私も人とろくに話せないし、寄り添おうとして何もできない。そもそもわたしってどうやってここまであるいてきたんだっけ?
以下果てしなく。
頭を抱えたまま動けなくなってしまった。
もう、凝固してしまったのか。

「ねえ籠目、その悲観的な思考をやめなよ。君の心が凍ろうが、まだこの部屋に残っている、今私の目の前で君の自意識は擦り切れて溶け落ちているんだ。だから、君は自分を器として常に意識していなさい。中身は私に見えているから。」
「君は器や中身の心を知らなかっただけなんだよ」
ひどく苦しそうな顔をしながら師匠はこちらを向いて呟いた。
本当にこの下の床、脳みそや血管に私の心は流れているのだろうか。
手足がひんやりとしている。冷たい人は心が暖かいらしい。それは凍っているものでも成立しうるのだろうか。

発端
可愛い弟子が顔をしかめながら研究室のドアを開けた。
「ドンッ!!!!」
機嫌が悪そうだ。
「なんで他の奴らは人道や倫理を気にしないんですか?!医者や研究者でしょ?!自分達だって生物なのに、、、。」
急に叫び出すから、驚いてぽかんとしていた。
「だって!!!!守るべきものなんでしょ!!!師匠が教えてくれたもん!!!!!!!!」
私は何も言えなかった。

そのままぐずって上着に隠れてしまった。
少し落ち着いた後、真っ赤に腫らした目が子供のようにまんまるで純粋だった。なんでこんな子がこんな所にいて、泣かなければならないのだろう。
「私は良く心がないって言われるんです」



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?