見出し画像

#04 ホットミルク


私はホットミルクが苦手。

ホットだから一気に飲めないってのに、
少し時間が経って飲みやすい温度まで
ぬるくなったミルクは、
なんだか口の中がモワッとして
あんまり美味く感じない。

昔から、ミルクが主役の食べ物も
あまり好きではなかった。
今もそんなに好きではない。
なんとなく、苦手。

クリームコロッケとかクリームシチューとか
カルボナーラとか。

一方で、2つ上の私の姉は、ミルクが好き。

今はどうなのか知らないけど、
幼き頃の姉の好物は、カニクリームコロッケ。
そんなに頻繁に外食した記憶はないけれど、
レストランに行ってクリームコロッケがあったら
ほぼ絶対に頼んでいた。

その度に、私は
美味しくなさそう、と勝手に思いながら
もっと塩っぽい、ハンバーグとか天丼とか和風スパゲティみたいなのを頬張っていたと思う。

姉は今でもたぶん、ミルクが好き。
知らないけど。

姉が高校を卒業したあと一人暮らしを始めるまで、
うちの冷蔵庫の牛乳は姉のものだった。

たまたま帰省するタイミングが合うと
今でも毎朝、牛乳をゴクリと一杯やっている姉が
目に入ってくる。

冬は、ホットミルクをフーっと冷まして
ズズズズっと。

とにかく牛乳をよく飲むもんだから、
姉が帰省すると、母は牛乳を買いに行く。
この間は、
姉のほんのちょっと飲み残した牛乳が
誰にも飲まれず
とうに期限を過ぎていた。

姉が牛乳を飲んでいるとき
私はコーヒーをのむ。

私は毎朝コーヒーを淹れて飲む。
本当は挽きたての豆を使いたいんだが
朝に弱くてそんな余裕はないので
大体、夜中に豆をカリカリカリカリ

毎朝とかいうとなんだか爽やかな感じだけど
実際は、一日中飲んでいる。 
大きなカップ、
コンビニのコーヒーSサイズが
多分2杯分入る大きなカップオブコーヒー
を4〜5杯くらい。

コーヒー飲まないと人間やってらんない!

もはやカフェイン中毒なので
そろそろ自粛しなければと
思っているところ。

ちなみに、姉はコーヒー単体は苦手。

前に帰省したとき、
姉が
「ちょっとだけワシもコーヒー飲みたい。
少なめで」
と言うから、
スペシャルな一杯を淹れて
姉の前にどうぞ、と出した。

おわかりだろうか。

そう、姉の一人称は、ワシ。
姉のせいで、私もよく「ワシ」と言う。

ワシは姉にすこしのコーヒーを渡したあと、
自分のぶんもカップに注ぎながら、

あれ……
そういや姉、コーヒー飲めたっけ?

と思った。

振り返ると、そのときすでに姉は
冷蔵庫の中の牛乳パックを鷲掴みしていた。

そして、自分のイスに戻って、
ちょっとだけコーヒーの入ったカップに
勢いよく、並々と牛乳を注いでいた。

カフェラテにすんのかい

と私が心の中で突っ込むと、

コーヒー牛乳だよ

といわんばかりに
腰に手を当てて、
銭湯の風呂上がりみたいに、
でも少し猫背のまま、
ぐびっと飲んだ。

ミルクも砂糖もいらん!カフェインを感じたい!
な私にとってその光景は
思っていたよりは衝撃的だった。

雷に打たれたみたいな衝撃ではないけど
普通道路で車が急停止したときみたいな
オウッ て感じ。

手淹れのコーヒーが
こんなに大胆にミルクで薄められて
勇ましく飲まれていくのを
普段見ることがないから、かな。

少なめで、とのリクエストは
コーヒー牛乳にするためだったのか。

姉は私と正反対。
好みも、性格も。

姉は食に無頓着で
私は食にこだわる。

姉は整理整頓が苦手で
私は片付けも収納も得意。

姉はクリーム系の濃い味のご飯が好きで
私はさっぱりした素朴系のご飯が好き。

ほかにも、好きなものとか、考え方とか
だいたい正反対。

同じ屋根の下で育って
同じような環境にいたけど、
姉妹で好みがこんなに分かれるものか
と思うくらい。

知らず知らずのうちに反面教師にしてたのかな。

今では面白い姉(いい意味で変な人)
だと思うし、程々に好きだし、
尊敬するところは多いけど、

正直なところ、
ほんとうに幼少期は、個性的な性格の姉が
好きではなかった。

オシャレで可愛くて頼れる姉がよかったなぁ
とか思っていた時期もある。

好きではなかった昔も、尊敬する今も、
共通しているのは、
いつまでも理解できない、ということ。

ときどきたまに、
姉は姉じゃないんじゃないか
なんて思うことがある。

姉というより、Y子(仮名)。
Y子はY子。
「お姉ちゃん」と呼んだことは一切ない。

誰かと話していて家族の話になったとき
「お姉さんは?」と聞かれても
お姉さん…?
と一瞬わからなくなる。

そのあとすぐに、
ああ、Y子か。そうだ私の姉はY子。
となって、会話は滞りなく進む。
そのときはいつも、
自分だけ1秒、時間にのり遅れた気分になる。

近くて遠くて、いつまでも謎な存在、姉。

いくら家族でも、人間同士だから
理解できないことは、そりゃ普通にある。
でも、他の理解できない人への理解できない
という感情をはるかに上回る。

どこかちがう星の住人と話している気分になることがある。

その星じゃ、ミルクはご馳走なのかな
なんて。

ふつう理解できない人って
苦手な人になりがちだけど、
理解できないから、惹かれたり
理解できないから、お互い混ざり合うと
世にも絶妙なバランスの味になったりする。

私は苦くて、黒い、コーヒー。
姉は甘くて、白い、ミルク。

姉よ、わたしたちはコーヒー牛乳なのかな。

今夜、私はホットミルクを飲もう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?