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おめえが主人公だ馬鹿

 文芸部だよ馬鹿。悪者のアジトみてえだって? そりゃ地下だから薄暗えかもしれねえが、文芸好きに悪いやつはいねえ。おめえ仕事帰りか? しけた面してっからすぐ分かったよ。入り口、よく見つけたな。マンホールだぜ? ずいぶん下向いて歩いてたんだな。まあ、いい。どこでも座れ。席は決まっちゃいない。自由に座れ。なんか飲むか? 酒はねえよ。シラフで読み書きするのがここの流儀よ。
 まあ麦茶でも飲め。馬鹿、なに泣いてんだおめえ。そんなに酒が飲みたかったか? え、ちがう? これで鼻水かめよ、汚ねえ。なに? 他のやつらが普通にできることができない? うるせえ、泣くな。本読んでる部員に迷惑だ。おめえも好きな本とってこい。そのために壁一面が本棚になってんだ。遠慮すんな。読みたいやつには読ませる。読みも書きもしねえなら帰れ。文芸部だっつってんだろ。

 お、いい本選んだな。あ? 涙で読めない? 麦茶飲んで落ちつけ馬鹿。しかし、なんだ。他のやつらの「普通」なんざ、気にするこたあねえんじゃねえか。周りを見てみろよ。入り口近くのジジイは耳が遠いから話にならねえ。となりのガキはわけあって字が読めねえ。後ろの女は金がねえから夕飯は白米にマヨネーズ。奥の野郎は腕に力が入らねえから本も持てねえ。俺は俺で口も悪けりゃ頭も悪い。
 だが、気にしねえ。少なくとも、ここでは関係ねえ。なあ。文芸部と聞いて何を思い浮かべる? ピンと来ねえんじゃねえか? 本を読む? 文章を書く? どっちも合ってる。もっと言えば、あのジジイは栞を集めてる。あのガキはいつも本の表紙を愛でてる。あの女は古本の香りが好きらしい。あの野郎は朗読してれば時間を忘れられる。俺は何よりこうしてうちの文芸部を語るのが好きだ。

 何が言いてえんだって顔してんな? つまりよ、「普通」の文芸活動なんてもんはねえんだよ。文芸部と聞いて、ピンと来ねえくらい曖昧なもんなのさ。人それぞれ、みんな違ってみんないい、なんて洒落臭えこと言ってるわけじゃねえ。俺はおめえじゃねえ。おめえは俺じゃねえ。そういう当たり前のことを言ってんだ。それでいいんだ。それでも俺らは曖昧な文芸が好きで、ただ一緒にここにいる。
 そうだ、飲め飲め。鼻水はかめ。読めよ。ゆっくりしてけ。もうおめえも文芸部員よ。なにが好きか聞かせてみろ。鼻水垂らしてたやつが恥ずかしがるなよ。ほう。小説を書くのが好きなのか。なんだ、普通だな。なんて、冗談だよ。いいじゃねえか。俺の言うことなんか気にすんな。誰の言うことも気にするなよ。小説を書いているとき、誰でもなく、おめえがさ。おめえが。いや、何でもねえよ、馬鹿。






ショートショート No.410

photo by Kosuke Komaki

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