中之島香雪美術館 特別展「伊勢物語 絵になる男の一代記」~展覧会#21~
香雪美術館
香雪美術館は、朝日新聞社の創業者・村山龍平が収集した日本、東洋の古美術コレクションなどを収蔵する美術館で、昭和48年(1973)に神戸市東灘区御影に開館しました。館名の「香雪」は、茶人であった村山龍平の号です。 重要文化財19点、重要美術品33点を筆頭とする所蔵品は、仏教美術、書跡、近世絵画から茶道具、漆工芸、武具に至るまで、幅広く各ジャンルを網羅しています。
現在、朝日新聞社のある中之島には、道路を挟んで中之島フェスティバルタワーと中之島フェスティバルタワー・ウエストのツインビルがありますが、平成30年(2018)、このウエストの4階に開館したのが、香雪美術館の分館となる中之島香雪美術館です。
伊勢物語絵
『伊勢物語』は、『古今和歌集』や『源氏物語』などと並んで、古くから人々に愛されてきた平安時代の物語です。その成立の初期の頃から物語の絵画化が行われていたと思われます。現在まで伝わる「伊勢物語絵」の遺品の多くは江戸時代のものですが、実際はそれ以前にも多くの「伊勢物語絵」が存在していました。
現存する着色「伊勢物語絵」の中で最も古く、また美しいものは、和泉市久保惣記念美術館所蔵の「伊勢物語絵巻」(鎌倉時代)です。しかし残念なことに、この絵巻はわずかに詞二段、絵七段しか残されていません。この絵巻は、当美術館の「デジタル・ミュージアム」で見ることができます。
「伊勢物語絵」が完全な形で残っているものの一つに、住吉如慶本「伊勢物語絵巻」(東京国立博物館蔵・江戸時代17世紀)があります。住吉派は大和絵の一派で、江戸時代初期に土佐派から出た住吉如慶から始まります。如慶が描いた「伊勢物語絵巻」は百二十五段すべての本文と、六十六段分の絵から成り立っています。この絵巻は、「東京国立博物館 画像検索」で公開されています。
「伊勢物語絵」の中で、特異な位置にあるのが、俵屋宗達の「伊勢物語図色紙」(江戸時代17世紀)です。これは京都の俵屋宗達の工房で制作されたもので、独創的な技法、描法、大胆な発想と非現実的な表現を用いた優雅な王朝物語絵です。いわゆる「琳派」が繰り返し描いた伊勢物語絵の出発点と言える作品です。
以上のほかにも、多数の「伊勢物語絵」が伝わっています。絵巻や書物以外にも、屏風絵、絵かるた、蒔絵や焼き物などの工芸品にも、『伊勢物語』をモチーフにしたものがたくさんあります。
香雪本「伊勢物語図色紙」
香雪美術館は、17枚の「伊勢物語図色紙」を所蔵しています。これを「香雪本・伊勢物語図色紙」と呼びます。今回の展覧会では、前後期に分けてこの色紙が展示されます。成立は、着色絵巻では現存最古の和泉市久保惣記念美術館所蔵の「伊勢物語絵巻」(鎌倉時代)に次ぐ時期だと考えられています。14 世紀の南北朝時代ごろでしょうか。
私は実物を初めて見ましたが、色彩がはっきりと美しく残っているのが印象的でした。一目見て、貴重な美術品であることがわかります。
香雪本「伊勢物語図色紙」〈若草の妹〉
今回展示されていた「伊勢物語図色紙」の中から、とても気になった一枚を紹介します。
この絵は、『伊勢物語』第四十九段です。『伊勢物語』 の写本の大多数は、 藤原定家が校訂した系統「定家本」です。この第四十九段は、美しく成長して女らしくなった妹を見て、男が歌を詠みかける話です。
男の歌の意は、「まだ若くて初々しく、寝心地がよさそうに見える若草のようなあなたを、他の男が自分のものにするのかと思うと、惜しいことだよ」。
男は久しぶりに会った妹の若くて美しいのを見て心ひかれ、ほかの男にとられるのが惜しくなったようです。
上の香雪本「伊勢物語図色紙」を見ると、男と女の間に琴があります。男が妹に琴を教えているようです。しかし、定家本『伊勢物語』の本文には「琴」は出てきませんでした。
ところで、香雪美術館には、定家本とは異なる『伊勢物語』の写本があります。それは、伝世尊寺行尹・行房『伊勢物語』で、その第四十九段に「琴」 の記述が 見られるのです。
また、『源氏物語』総角に、次のような場面があります。
匂宮が姉の女一の宮の御殿に参上したところ、女一の宮は静かに絵などをご覧になっているところでした。その中に、『在五が物語』(伊勢物語)を描いたものがあって、男が妹に琴を教えている場面でした。
このことから、香雪本「伊勢物語図色紙」は、『源氏物語』が成立した時代の伊勢物語絵の図様を伝えているものだと言えそうです。
前期では、17枚の香雪本「伊勢物語図色紙」の半分が展示されました。ほかにも、『伊勢物語』を描いた絵巻や屏風、宗達の色紙などもあり、展示数は多くはありませんが中身の濃い展覧会になっています。
後期もぜひ観たいですね。
サポートありがとうございます。 いただいたサポートは狛犬研究など、クリエイターとしての活動費として使わせていただきます。