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そやさかい

ふと耳にとまった言葉

朝の通勤途中のこと。最寄り駅まで住宅街を歩く。いつも家の横で畑の手入れをしているおばあさんが、近所の男性と話している声が聞こえてきた。

「今度の土曜に孫が来るさかいに、・・・」
そやさかい、これ見せたろと思てんねん」

前を通り過ぎ、駅に続く川沿いの道を歩きながら、「そやさかい」という言葉が何度も耳によみがえる。
最近は使わなくなったなあ、この言葉。「そやから」とは言うけれど、「そやさかい」は遠くに行ってしまったような気がしていた。しかし、通りすがりに聞こえてきた「そやさかい」に、昔なじみに偶然出会ったような、うれしい気持ちになった。

折口信夫「さうや さかいに」

民俗学者の折口信夫に「さうや さかいに」と題する論考がある。『言語民俗論叢』(1953)に発表されたものだが、これは柳田国男の「さうやさかいに」論を受けて、追い書きの体裁で記されたものだ。「青空文庫」で読むことができる。

それでは、「そやさかい(そうやさかい・さうやさかい)」という言葉の解説はいかなるものだったか、簡単にまとめてみると・・・

①「そうやさかい」は「そうや」と「さかい」に分解できる。
②「そうや」は「そうじゃ」「そうだ」から変化したもので、「そうである」の意であることは明白である。
③「さかい」は「さ」と「かい」に分けることができる。
④素朴な語源説から考えれば、「さ」は「じゃ」、「かい」は「から」で、「~じゃから」が「~さかい」と変化したと言える。

ここまではごく一般的な解説で、
「そうじゃ+じゃから」→「そうや+さかい」→「そやさかい」
と変化した道筋が示されている。しかし、折口の論考はさらに続く。彼は日本語の敬語の使い方に着目して、「さかい」の「さ」に特別な意味を見いだしていく。
ここからは、さまざまな方言や里ことば、狂言詞などの用例が紹介されていて、とてもややこしくなる。その中で、「さかい」に似た方言として、「すかい」や「すけん」があることを示し、「す」が敬意を表現していることを指摘する。「すかい」の「す」は、「さかい」の「さ」に通じる。
折口は次のように述べる(引用)。

大阪を中心とした「さかい」「さかいに」「さかいで」の過去と現在に渉つて感ぜられることは、敬語系統の語感の上で言へば、実際のところ、自分の語に品よく、甘美な感情を持たせようとしてゐるやうに見えることである。

対話敬語としての「すかい」「さかい」の「す」「さ」が、敬語の地馴しらしい優柔性を感じさせる・・・。

いま使われている「~さかい」「そやさかい」に敬語らしいニュアンスは感じられないが、言葉の変遷が目に見えて興味深い。


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