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大阪市の神社と狛犬 ❼都島区④桜宮(櫻宮・桜宮神社)~大川を眺める狛犬~

大阪市都島区の地図と神社

大阪市には、現在24の行政区があります。淀川のすぐ南側には5つの区がありますが、都島区は大川(旧淀川)を挟んで北区の東側に位置します。南北に細長い区で、南は寝屋川と接しています。
都島という名称は、仁徳天皇の高津宮や孝徳天皇の長柄豊碕宮が近くにあったことによると言われますが、一説には、長柄豊碕宮の東岸(向かい側)に位置していたことから、この付近を宮向島みやこうじまと称したことに由来するともいいます。

都島区には、桜宮御旅所を含めて神社が4社あります。旧太閤園庭園内の網島神社を含めると5社になります。
桜宮は、JR環状線桜ノ宮駅から大川沿いに南へ徒歩5分ほどの、堤防上に鎮座する神社です。通称は「桜宮神社」で、「櫻宮」とも表記します。この付近一帯を「桜宮」と呼ぶのは、本神社の名前が由来となっています。

桜宮(櫻宮・桜宮神社)

■所在地 〒534-0027 大阪市都島区中野町-12-32
■主祭神 天照大御神・八幡大神・仁徳天皇
■由緒  兵火や洪水などの災害によって記録が紛失し、詳しい創建については不詳だが、元は東成郡野田村に氏神として奉斎したのが始まりとされる。元和6年(1620)には大和川洪水で社殿が流され、現在のJR桜ノ宮駅付近に漂着したが、その後、宝暦6年(1756)に現在地に遷座される。この頃、境内から大川堤までたくさんの桜を植え、桜の名所となった。

狛犬1

■奉献年 天保拾■年九月吉日(1840~1844)
■石工  不明
■材質  砂岩
■設置  西側参道鳥居内

桜宮 西側鳥居
西側鳥居内の狛犬
天保年間奉献の狛犬一対
天保年間奉献の狛犬一対
天保年間奉献の狛犬一対
天保年間奉献の狛犬一対

桜宮の境内にいる狛犬は、この写真の一対だけである。正面参道や拝殿前には狛犬の姿はなく、西側参道入口の鳥居(文政九年丙戌八月吉日)の内側に、この浪速狛犬が安置されている。狛犬が見ている方角には、道路を隔てて大川がある。
台座には、「天保拾■年 九月吉日」の銘がある。■の部分は読み取れないが「参」かもしれない。

天保年間奉献の狛犬台座銘

桜宮は昭和20年の大阪大空襲の際に被災し、社殿は全焼した。現在の社殿はその後コンクリートで再建されたものである。幸いにも、鳥居や手水舎の水盤などの石造物は残ったが、この狛犬が以前からこの場所にあったのかどうかはわからない。
寛政年間に刊行された『摂津名所図会』(1796~1798)を見ると、桜宮が大川堤に鎮座することがよくわかる。拝殿前に狛犬が描かれているが、この時代の狛犬は残っていない。

『摂津名所図会』櫻宮

ところで、この狛犬は、大きな口に特徴がある。文化・文政に流行した「これぞ浪速狛犬」というタイプから抜けだし、このあと流行する「誇張型」につながるものだと言える。

天保年間奉献の狛犬一対

現在、正面鳥居のすぐお隣にはラブホテルがある。この付近はなぜかそのようなホテル街になっていて、聖俗いりまじった不思議な空間である。

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