満ち満ちている
窓から流れ込んでくる煙草の匂い。私は瞳を閉じてそれを深く吸いこんだ。
もうこんな時間か、と時計を見ずともわかる。隣の住人は決まって深夜零時ごろに煙草を燻らす。
私はグラスに残っていたアイスコーヒーを煽り、伸びをしながら眠るか、もう少し作業を続けるか悩んだ。
BGMのヒーリングミュージックに扇風機の風の音を添えて、扇風機の真横に座る私は、短パンとキャミソール。熱帯夜の作業風景はなんだかとても安っぽい。
そういえば、今日は満月だそう。せっかくだからベランダに出て月の光を浴びようか。
夜の天原に浮かぶ、金糸雀色のお月様。なんて静かな夜半。
夏の夜半はとりわけゆっくり時が満ちる気がする。それに、夏の夜の風はいい。優しくて、どこか切ない。
風に撫ぜられながら、昔のことを思い出す。私に夏の夜空を見せてくれた、あの男の子は元気だろうか。
満天の星々。あの夜、私は初めて天の川を見た。
またあの場所で星を見たいけれど、残念なことにどこであの空を見たのか場所を記憶していない。
場所を聞き出そうにも、彼とは気まずい別れ方をしたから、二度と連絡を取ることはないだろう。
ほとんど星の見えない(とりわけ今日は満月だから)ベランダは物足りないけれど、月が満ちて、風が優しい、それだけでぼんやりとした多幸感に包まれる。なんて良い夜だろう。
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