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蝶楽天の軌跡を追う[11]

兄の遺骨は、パートナーの方に寄り添われて海に向かい、ここ東京湾に散骨されました。冥界で更に自由な身となった今は、各地に赴いて居ることでしょう。現世でこれ以上自らは行うことがなく周りが想いを語ることで美化されてしまうのかもしれません。兄はかつては、フィリピン人の方と結婚してマニラ郊外に家もあったのですが、いろいろな採集地に行き来して本拠地はずっと日本でした。パスポートはすぐにページが足りなくなってしまうので5年パスポートを選んでいたようです。高校の修学旅行を少ないメンバーでカスタマイズして台湾への採集旅行に変えたりしたのがパスポートの始まりだったので高校生時代の兄の写真がそこにはありました。振り返ってきたいろいろな写真には兄が生きた時代の記録が生き生きと残っていました。兄の写真やスライドの中には現地の妙齢の女性のものもあったので、そのうちの一人が花嫁としてやってきたのでした。そんな兄嫁も子供には恵まれず兄との離れた暮らしでやがて離婚することになったので、その後兄が脳血栓で倒れて入院した時には兄弟総出で焦ったものでした。しかし、その入院先には虫仲間の未亡人であり虫仲間でもあった方がいらしてパートナーとなっていらしたということがあり、あれからの日々がパートナーに支えられて文筆活動や虫仲間との語らいの時間になっていったのだと思います。
兄を支えられてきたパートナーの方は二人目の見送りとなりつらいものだったのかもしれません。最後の願いの散骨に弟妹ではなくパートナーに付き添われたのは幸せだったことでしょう。

さて、そんな兄は若い頃にお世話になった方々に冥界からの挨拶回りで忙しいのかもしれません。そうしたお世話のバトンが今は兄を慕う人達の中で何か書き残したいという話で盛り上がり、中心となっている方から、家族への要望が寄せられていました。この方は某放送局にお勤めの記者の方ですが、兄が小学校の頃からマニアックに綴っていた採集記録には当時の電車の時刻表からのスケジュールも細かく記載されてツーイーソーにも繋がる手書きの地図が描かれていたのは知っていました。こうした記録や写真などが貴重なものらしいのです。
兄の手元にあった図鑑一式を委託した北海道の古書店さんからの問い合わせでその中の図鑑にあった写真が兄ではないだろうかという問い合わせがあり家族である私たちへの確認がありました。それは玉川学園が出版していた玉川こども百科のこんちゅうの本でした。

玉川こども百科87 こんちゅう より

小学生の兄が、仲間と標本づくりをしている写真でした。奥の方から手前の友達の展翅具合を見ているという構図でした。家族では、この図鑑が出たときによく話題になったものでした。
採集記録や写真など家族としては惜しみなく協力をしますとお伝えしています。ファミリーヒストリーとしてテレビ放送になることは有りませんが、冊子として編纂されるのは夢では無さそうです。この冊子は、追悼される方々からの投稿記事と完成した図書をご購入いただくという仕組みで進められているそうです。兄が45年ほど続けてきた雑誌TSUISOへの大いなる返歌のようなものになりそうです。この編纂の中心となっているSさんは、9年ほど前に西永福から西国分寺に事務所移転するにあたり兄にインタビューをされていて、その時の内容はまだ記事にはなっていなかったそうです。そうしたものも含めて、また家族だけが知っている兄が育ち昆虫標本商となっていった歴史背景を家族から聞き取って書いていきたいということでした。
兄が好きだったファミリーヒストリーに因んで家族の歴史についても調べて残していました。弟妹の記録も含めて集約していこうとしています。伯母や親類の話を良く聞いて記憶しているのは末の妹ですが、みな還暦を迎える時代となり記録するのは急を要しそうです。
兄の逝去で、墓じまいやら色々と整理をしつつ次代につなぐことが今の私達の願いです。実家の相続処理などがようやく一段落して、処分をしつつまた兄の夢見た労作の一つである世界のクワガタギネスという図鑑も夏休みに各地で開かれた昆虫のイベントで配布されたりして子供たちの手に届いているようです。残った本は引き続き来年も配布されていくでしょう。大半のものが委託されましたが、更に残った図鑑については、私が運営している地域の電子工作教室に来られた方に差し上げたり、イベントで配布したり、メルカリで安く配送する仕組みに配りこれも片付いていきそうです。
20年ほどの期間が経ちましたが、昆虫少年を触発する図鑑としてバトンリレーのお手伝いが出来ているかと思います。

MFT 2022会場にて知人に委託しました

そうです、ここMFT会場は、兄の散骨を行った東京湾を望む東京ビッグサイトなのです。子供たちが、両親に連れだって来ている会場で見つかった図鑑はキット夏の思い出にもなったことでしょう。



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