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天童駒武者修行

将棋の聖地・天童

将棋を指す人にとって憧れの地の一つが、天童である。棋士のタイトル戦も数々行われ、アマチュアや学生の大会もよく開催されるからだ。
何より我々が指す将棋駒の生産日本一が、天童である。
将棋の街、天童……さらにそこで有名なのが六十年以上続く「人間将棋」だ。
人間を駒に見立て、棋士が武将の装束で指す。満開の桜の下、それは華やかな祭りだ。

将棋に興味がなくてもニュースで見たことがある人は多い

コロナ禍前、友人が駒役になったので、私も人間将棋が行われる舞鶴山で二日間、人間将棋を見て楽しんだ。
棋士の武将言葉の掛け合いも楽しい、信長様は格好いい……好きな将棋を見ながら満開の桜の下、酒を口に運ぶ。とても良い思い出だ。

80年代地酒ブームの火付け役「出羽桜」は天童の酒蔵だ
ちなみにこれはマイ四合瓶ホルダー

それから開催中止や抽選洩れがあったが、三年ぶりにほぼ例年通りの開催となった。コツコツ天童にふるさと納税をして、コメントに「人間将棋楽しみです!」と書いてきて良かった……久しぶりの将棋遠征である。これはちょっと贅沢に、タイトル戦でも有名な「ほほえみの宿 滝の湯」を予約した。

滝の湯は有名な「竜王の間」があるが、他にも数々のタイトル戦が開催されている。せっかく三年ぶりの遠征なのだから、いつもより贅沢な宿を取りたい。
何より滝の湯は温泉旅館にしては珍しいことに、シングルルームがあるのだ!単身遠征すると大抵はビジネスホテルしか予約が出来ないが、一人旅を推奨してもらえるのは有難い。

推しが武将

宿は取った。あとは当日どう過ごそうと考えていると、人間将棋の出演プロ棋士が発表された。いつも豪華な棋士が出演するのだが、今年はそれだけではなかった。
人間将棋で駒を動かす武将を棋士が担うのだが、それがA級棋士同士だったのだ。A級棋士同士の対局は初らしい。将棋ファン歴八年目、私は思わず駒役を応募した。
宿自体は4か月前に予約しているので行くのは確実なのだが、駒武者になるとならないとでは、全く過ごし方が変わってくる。ドキドキしながら数週間後、見事当選通知が来た。東軍の歩兵だ!
ちなみにこの時点では、棋士のどちらが東西の武将かまだ分かっていない。

東京から天童まで行くのは飛行機と新幹線の2パターンあるが、天童直通の新幹線は本数が少ないので事前に予約した方が安心である。今回は往路は聖地巡礼のために仙台経由、帰りは天童発の新幹線を予約した。

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※「えきねっとトクだ値」は10~30%offでとってもお得!周りの遠征仲間に尋ねると、思わぬお得情報が貰えるぞ。

宿も交通手段も準備してバッチリ!のはずだが、もう一つ重要なことがある。昨今各地で人間将棋が行われているが、インドアゲームの将棋に珍しく、基本的に屋外で行われることが多い。天気予報はもちろん、晴れたら照り返しがあるので日焼け止めや帽子、雨なら雨合羽やレインポンチョを用意するのが望ましい。晴雨兼用傘も一つの手段だが、周囲の視界を遮るので豪雨でない限りはなるべく譲り合いの精神で。
ちなみに天童で人間将棋が行われる舞鶴山は段差があって見やすいが、段にそのまま腰かけると尾てい骨が痛くなるので、レジャーシートや新聞紙を持っていくのもおすすめである。

必死に晴れを祈って作ったてるてる坊主達

2日間の楽しみ方

天童の人間将棋は2日間ある。人間将棋以外にも将棋に関するイベントが行われ、舞鶴山以外でも各地で催し物がある。

人間将棋開催時は専用ページも幾つかできるが、天童市観光物産協会がまとまっているので一度目を通すとわかりやすい。
将棋まつりは昼間行われるので、それ以外の時間帯は将棋ファンは一度は天童市将棋資料館を訪れると、様々な駒が並んでいて楽しめる。

駒武者に選抜された私は2日目の日中はほぼ手駒として過ごすことになるので、1日目に観光や飲食を詰め込む必要があった。1日目の午前中は別のところで聖地巡礼をし、在来線で天童へ向かうこととなった。

舞鶴山への交通手段は2つ、徒歩とシャトルバスだ。祭りの期間中、徒歩だと舞鶴山公園への山道の道路が交通規制されているので、公園内の階段を上っていくしかない。
私は宿からシャトルバス乗り場まで行くぐらいなら直接向かった方がいいと公園内の階段を上ったが、足腰が不安な方はシャトルバスをお勧めする。

メインイベントの人間将棋は、1日目は女流棋士、2日目は棋士が武将を務める。駒武者も1日目は地元の学生、2日目は公募だ。
舞鶴山山頂に辿り着くと、既に座っている観る将友達がいた。何とはなしに集まり、日本酒(途中で出店で売っていた天童ワインも追加)を傾けながら人間将棋を眺める。人間将棋は武将役が武者言葉で舌戦し、大盤解説との掛け合いが見ものだ。

上から眺める駒武者は盤面を見るように駒の役割もわかりやすい

今日は観客だが明日は駒武者…何だか不思議な気持ちで楽しんだ。

名物はうまいものだらけ

多少の雨に降られたがつつがなく人間将棋が終わった。夕飯の付いていないプランだったので、宿で荷物を解いた後に観る将仲間と合流し、山形名物「鳥中華」を食べることに。

山形は一人当たりのラーメン消費額日本一
「鳥中華」も元は蕎麦屋のまかないだったとか
蕎麦屋なので板蕎麦も勿論美味しい

そのあと別のところで夕飯を食べた将棋友達と合流し「と横丁」で飲んでいたら、横丁内で知人家族がいたり……という、楽しい天童の夜も更けていった。

朝一番

駒武者の朝は早い。駒武者装束に着替えるだけではなく、盤上での動きの練習もあるのだ。天童市総合福祉センター集合ということで、慣れない土地の移動時間も含めると8時前にはホテルを出発しないといけない。
夜遅くまで友人達と食べて飲んで過ごしたため、頭と体をスッキリするために温泉に入る。朝食会場が開くのが7時30分というので、出発までの時間を考えると食事の時間は正味20分弱。温泉上がりにはメイクをしながら歯磨き以外のイベントを全て終えて、会場前で待機というタイムトライアルが始まった。
※もっと朝食開始が早いホテルもあるので、駒武者になったら事前研究から離れるのも大事。

何せ将棋界の一大イベント、天童人間将棋。将棋ファンが同じ宿に何人も泊っている。朝食会場でも会うのだが「あんたは早く食べなさい!」「写真送るから!」と声を掛けられると、自然と駒としての自覚も出てくる。

こんなに美味しそうな朝食ブッフェも20分以内に食べないといけないんだぜ…

泣く泣く朝食を詰め込んで、駒武者になるためにホテルを飛び出した。Googleマップの謎ルートでナビゲーションされながら集合場所に着くと、駒役が集まっていてようやく一安心だ。

最初に記念グッズをいただき、何とはなしに時間になるまで座って待つ。すると、SNS上で知り合った将棋ファンの友人達と初めて出会うことができたのだ!日本全国に散っている将棋ファンが集うのも、大きな将棋イベントならではである。
その後、画面越しや石段の上から眺めていた信長様!や家臣の方たちとご挨拶をしたり、一緒に舞台上の動きを練習したりすると、最初は緊張した面持ちの駒武者達も次第に周りの人たちと仲良くなっていった。

これは舞台上の信長様だが、皆様朝から佇まいが既に美しい

少し早めの昼食を食べながら自己紹介をすると「観る将なんです!」という方から「隣の県に住んでいて、ニュースでこのお祭りを知っていたので」という、棋力居住地様々な人が駒武者を応募しているのが分かった。

ここで「色んな人がいるとはいっても、駒武者になるからには将棋が指せないといけないんでしょ?」と思われる方もいるかもしれないが、そんなことはない。当日、駒武者はちゃんと武将が指示した位置に忍者役の人が誘導してくれるので、何も不安はいらないのだ。
ちなみに舞台上の升目にも位置が書かれているので(2六など)、心にも端歩の余裕が生まれる。

練習を終えると駒武者は立派な袴羽織の上に胴着を着こむ。歩兵以外は甲冑や兜も着込む。歩兵は鉢巻だったが、可愛く締めるか勇ましくするかは、悩みどころ。
生まれて初めて草履を履き、模造刀も腰につけると時代劇の役者の様だ。思わずお互いをスマホで撮りあう。

ここで思わぬ自体が発生した。
いくら春の訪れが早かった天童でも、朝晩は冷える。せっかく着込んでも、トイレに行くには袴を脱がないといけないのだ!
とは言っても、脱いでもまた着付けて貰えるので安心だ。また何度か脱ぎ着をしていると、人間将棋の時間が近づいてきた。
※舞鶴山にいる間はトイレにはいけない、それだけは要注意
駒武者達は専用のバスに乗って舞鶴山に行くのだが、近づくにつれて文字通り暗雲が立ち込めていく……善行が足りなかったのか。
山頂に着いて舞台裏で控えていると、周りの観光客が写真を撮っていく。途中で友人達もやってきて記念撮影を撮った。

我ら東軍、勇ましく!

推しは敵将

舞台裏では東軍と西軍の武将が駒武者達に挨拶に現れた。普段は画面越しで見ている棋士が、武将姿だ。格好いい!!!!!!
昨日は観客として楽しんでいた人間将棋に自分も登場する……自然と緊張感が高まる。殿のために頑張りたい気持ちも高まる(勝手に動いてはいけないが)

そして人間将棋が始まった。朝から練習した高校以来の行進の練習をたどたどしく繰り返し、定位置に着く。そこからは、武将の手駒としての役割に徹した。
駒武者としての役目を担った一時間に起きた事は書ききれない。駒の動きを模した陣太鼓が勇壮だったこと、目の前で起きる武将の武者言葉や解説する棋士との掛け合い、そして天気は晴天から豪雨まで全てを経験した。
何年も前からいざという時のために用意されていたという雨合羽を初めて着るという、貴重な体験もした。どの人達も、駒武者に対して優しく接して下さった。雨に降られて心配もされたが、実際は胴着を含めて色々身にまとっていたこともあり、髪以外は特に濡れなかったので寒くもなかった。観客の方が、大変だっただろう。

人間将棋は「すべての駒を動かす」という特別のルールがあり、私も無事一歩前進した。実際の戦いは私の背後で行われ、符号だけで戦況をイメージするのは、目隠し将棋の様で面白くもあった。我々東軍は負けてしまったが、武将が最後まで私達駒武者に対して頭を下げていたのは印象深く、申し訳なくもあったがその誠実さにもっとファンになってしまう。
全員が記念撮影をする頃にはカラッとした晴れ間になり、笑顔で全てを終えることができた。

動けないが駆け抜けるような駒人生だった
駒武者としていただいたお土産

つわものどもが夢の跡

帰りの新幹線までの時間は、土産物を買いに走った。駒武者衣装から着替えている間に我々は他の観光客から一歩遅れている。駒武者になる人は他の人に土産物を頼むか、前日に購入する方が安心だろう。

電車を待つまでの間、一休みしたい方は、天童の名産であるフルーツを食べるのもお勧めである。

イートインでパフェを食べる幸せ
テイクアウトでフレッシュジュースを飲むのも良い

将棋ファンは一度はなった方がいいという駒武者。
慌ただしくも充足感のある一日だった。帰りの新幹線では、友人達からたくさんの写真が送られてきて、噛み締めるように振り返りながら眠りに落ちた。

帰りのお供はもちろん出羽桜

行ってよかった、盤外編

①宝珠山立石寺

松尾芭蕉が「閑さや岩にしみ入る蝉の声」の句を紀行文「おくのほそ道」に残したことでも知られている『通称・山寺』。

将棋ファンの間では映画版「3月のライオン」で主人公の桐山零と宗谷名人が対局した場所だと言えばイメージしやすいだろう。
映画で「絶景だな~」と思ったのは、その通り。

その名の通り山にある!石段は1015段ある!

周りの将棋ファンの友人に聞くと、山寺は2日目の人間将棋前に行く事が多いらしい……1日目は天童に泊まるので、片道一時間ほどの観光地を午前中に訪れるにはちょうどいいだろう。しかし私は駒武者なので、その技は使えない。
よって、1日目は始発に乗り山寺に行き、その足で天童を訪れ1日目の人間将棋を楽しみ、2日目は駒武者をするという強行スケジュールになってしまったのだ!

人はそれを無理筋と呼ぶ
それでも3月のライオンコラボの黒蜜きなこラテを準備して早起きをした

1日目人間将棋に間に合うためには、11時22分山寺発の仙山線に乗らないと次は40分後で詰んでしまう。9時30分頃に山寺に着くので、2時間弱でミッションコンプリートしないといけないという、私の将棋と同じように速度計算が全くできていない旅行計画が立てられた。

長閑な景色を横目に競歩
映画と同じ景色、絶景!

……写真の撮影時刻を見たら、30分で登っていたようだ。これは私は健脚だからというのではなく、それぐらい勢いを持って登らないと、途中で足が上がらなくなる可能性が高かったからだろう。
インバウンドのため外国人観光客も多かったが、なぜか一人旅の者はおらず、写真を撮って貰ったり周りは優しい人ばかりだった。

某情報番組で紹介された「絶対食べた方がいい」というソフトクリーム
歩き疲れた体に冷たさと甘みが染み渡る
これが毎年秋のニュースで流れる日本一の芋煮鍋か…
汗が引いて冷えた体を温める玉こんにゃく
醬油シミシミで美味しい

②建勲神社

前回、人間将棋前に立ち寄った神社。舞鶴山の中腹にあり、祭りとは違う静かな雰囲気がとても良かった。人間将棋の間に訪れるのをお勧めする。

織田家の家紋は目を見張る
満開の桜霞の奥に雪渓が美しい

将棋イベントがある日は、観光がどうしても駆け足になりがちになる。
季節を改めて、ゆったり訪れるのも旅の勧めだ。

(執筆者︰カル)