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落語⑩六魔

現代ではあまり見かけませんが、昔は縁日や商店街などで大きな人相手相や干支を書いた天幕の前で口上を述べて占いをする通称「六魔ろくま」と呼ばれる人たちがいたそうです。無論、本物の易者もいれば、中には香具師やし(テキ屋)が占いの本を売る為に易者になりきって、さもそれらしいことを言っているということもあったようで…。

易者「さあさ、お立ち会い。大道一間軒下いっけんのきした三寸借り受けましての生業なりわいをば失礼さんです。御用とお急ぎでない方はここで会ったが盲亀もうき浮木優曇華ふぼくうどんげの花。寄ってらっしゃい見てらっしゃい、見るだけはタダ。さあ、お立ち会い。三千世界天網恢々てんもうかいかいの中にして、男が男に生まれ女が女に生まれし絶対的因果を天命というなれば、人間が心がけ一つで変えていけるものをこれ運命といいます。肝心なのは、それぞれに与えられし運命の星というものを正しく理解すること。さて、大の人間をとっ捕まえて牛だの馬だのと言って面白がるのがこれ十二支の干支でありますが、どういたしまして伊達だて酔狂すいきょうで決められているわけではない。よろしいか、ごろうじろ。このように十二支とは、子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥とご存知の通り十二からの獣で成り立っております。まず先陣を切りますのがネズミの。初夢見るなら一富士二鷹三茄子、役者を見るなら一声二顔三姿と言うて、とかくの干支の方は、一に金なら二にも金、三四がなくて五にも金、金より他にあるのかねというくらい命の次に大事なお金との縁が深い。桃栗三年柿八年、やりくりへそくり資金繰りが実にうまい。しかし、いくら貯めるのがうまくても金は天下の回り物、使うことによりまた入ってきます。情けは人の為ならず。くれぐれも人の為に使うことを惜しんではなりません。続きましてはうし年。モウといえばモウ止まらん。赤い旗見てモウ突進の功績により後世こうせい子々孫々に至るまで名を残しますので晩年はウッシッシとなります。ただ一つ惜しむらくは食べた後にすぐ横になる癖がある。名ばかりでなく後世に金も残したければよろしいか、寝る間も惜しんで働くこと、これ即ち食べた後に寝ないことであります。続きましたが寅年です。重心低く地に足つけながらも足どりは軽く虎の小走り虎走り。一度駆け出せば千里も駆けて天下を取る。天上天下に唯我独尊で上ばかり見ると争いが絶えないが、時には脚下照顧きゃっかしょうこし虎の敷物となって耐え忍べば、やがては人の上に立つこともあるでしょう。人の上に立つのが寅ならば耳が立つのがこれウサギ。ウサギは耳の長い動物です。従ってこの干支の方は一を聞いて十を知る。聞き上手で物知りで愛嬌がありますが、いかんせん目が赤くなるほど寝る間も惜しんで "夜"を好みます。総じてえてして色恋の関係においてご苦労なされるでしょう。よしんばムラムラッときたら月に宿りし月ウサギが杵で餅つくかの如く邪心を鎮圧せば、遅かれ早かれ"ツキ"があることでしょう。続いて辰の年の方はとかく器量があって頼りがいがあります。男であれば男の中の男、女であれば女の中の"男"……というのはこれご愛嬌。面倒見がよく男ならば親分肌、女なれば姉御肌。人から頼りにされれば嫌とは言えずに昇り龍。敵に回すと厄介だが、味方につければ心強い。『長い物には巻かれろ』の通り、果たして辰年の意見に周囲は黙って従うでしょう。さて、長い物と言えば天の龍に地の蛇で、昔から『蛇の皮を懐に忍ばせば財運に恵まれる』の通り、年の方は金には一生不自由致しませんが、よく言えば粘り強く悪く言えば執念深いところがあり、いささかクドイしつこい面倒くさいというのが玉にきず。何事もつかず離れずでほどほどくらいが丁度いい。道に迷った時は『じゃの道はへび』で、同じく巳年の人間が救世主となります。うま年の方は合縁奇縁の巡り合わせにより、良き理解者にひとたび手綱を握らせれば、あたかも天馬空てんばくうを行くがごとく万事が好転します。人から期待されお金を出してもらうことも多いが、一攫千金を狙ってみずから投資することも多い。"色"に関してもいわゆる好き者が多い故、あの人もこの人もと手を出さずに一人と決めれば単騎千里を走るでしょう。走るのが馬なら、走るな騒ぐな慌てるなというのが羊の生まれの方。包容力があり、周囲の人の心を温め癒します。押しに弱く急かされることを嫌いますので、周囲の喧騒からひとり逃れたくなることも多々あります。しかし迷える子羊となり進路あやまつと稀に谷底へ落ちることもありますので、あくまでも大きな流れに身を委ねておくのが賢明。さて、谷底に落ちるのが羊なら木から落ちるのが猿であります。猿のかたは器用で小利口でお調子者なので、おだてられるとすぐにホイホイ木に登りますが、調子に乗りすぎると落っこちてお猿のお尻は真っ赤っ赤となります。もの言えば唇寒し秋の風で放言失言が原因で災いもたらすこと数多あまたあり。さる年の方は口慎めば『おさる・言わざる・災いさる』であります。かく言う私が申年で、言いながら自分のお顔が真っ赤っ赤であります。次にとりの女を見ていきますと、働き者で頭が良く表現力が豊かと良いとこよりどりみどり。恋しやあの娘の緑の黒髪くるくる回るは風見鶏。男女ともに風を見る空気を読むの状況判断には優れておりますが、いささかとさか三歩歩くと忘れるのが難点。『とり』に『さんずい』と書いて『酒』と読むようにとにかく酒呑みが多い故、酒での失敗が命"とり"となります。お次はいぬ年。情に厚く義理堅いというのが、この干支の方。故に信頼も厚く多くの人に愛されます。ただ興味のあることには、暑くても寒くても降っても照ってもお構いなしで飛び出していく向こう見ずなところがあります。加えて早食いの傾向もありますので、何事も冷静に物事も食べ物もよく咀嚼するようにすると長生きできるでしょう。最後にイノシシの方。猪突猛進というくらいで走りだしたら真っしぐらで誰にも止められません。かるが故に堅物で冗談が通じない柔軟性に欠けるなどの欠点はありますが、根は律儀で正直で親切であるので良き理解者との邂逅かいこうが吉をもたらします。さて、ひと通りご自分の干支の特徴が分かったところで、次に大事になってきますのが人相であります。干支十二支を大きな河にたとえた場合、大河を行く船の造りかたちがそれぞれ違うように、我々の人相というものもまた人それぞれに違うものであります。男の顔は履歴書、女の顔は請求書、おかみの顔は公文書、オカマの顔は怪文書、死刑囚の顔は嘆願書と言うくらい顔に来し方行く末や心の本音が表れます。とりわけ目というものは口ほどにものを言う心の窓と言うて、目を見ればその人の〔人となり〕があらかた分かります。たとえばそこの娘さん。大変大きなお目々でさぞやおモテになることでしょう。しかし、目の大きさと情の深さは比例します。あなた自身も非常に愛情がお深い故、来る者拒まずで誰かれ構わず皆受け入れてしまう。中には悪い虫もいますので、まかり間違ってその大きなお目々から大粒の涙を流すことにならぬよう、くれぐれもご自愛下さい。そこのおあにぃさん。あなたは歯が出ておりますな。歯が出ている人間に悪い人間はおりません。間違いない。私が観ればすぐに分かる。そちらの旦那は額に大きなホクロがあります。それは長者ボクロという。これまで大層儲けてきたか、あるいはこれから儲けるかといったところでしょう。そこのあなた。右の目は笑っているが左の目は笑っていない。人の腹の内というものは左目に表れます。即ちあなたはまだ私のことを疑いの目で見ている。しかし、まだ足先がこちらへ向いているということで、かろうじて脈はおありのようだ。よろしい。それでは次に第二の顔とされる手の相を観ていきましょう。ごろうじろ、こちらの絵。このように手には様々な線が刻まれています。生命線、知能線、感情線、運命線、太陽線、いかんせん、わかりゃあせんと、これらの線ひとつひとつに全て意味がある。私のように易に精通すれば、一目見ただけで過去、現在、将来が文字通り"手"にとるように分かるようになる。時に疑いの目のあなた。もそっとこちらへ寄りなさい」

六郎「へ、俺ですか?」

易者「いかにも。あなた以外の人は皆、純粋な目で私を見ているが、あなただけが疑いの目を向けている。これは私の名誉の為にも是が非でもあなたをウンと言わせねばならんでしょう。では失礼だが、ちと手相を拝見しようではないか……うんうん、フムフム……なるほど……見えた!   あなた最近、財布を落としましたね?」

六郎「こりゃあ、驚いた!   いかにも三日前に落としたきり、まだ見つからないんで」

易者「大丈夫、心配はご無用。手相には十日以内に見つかると出ています」

六郎「へえ、大したもんだ。ピタリと当たるもんだね。でも、待てよ……まぐれってこともあり得る。こいつはまだチョイと鵜呑みには出来ないね」

易者「ほお、そうか。では、これならどうですかな?   あなた、つい最近、女にフラれましたね?」

六郎「ぎく!」

易者「仕事で出入りしている得意先の娘に一目惚れし、おもいきって告白してみたが見事に玉砕した」

六郎「ぎくぎく!」

易者「さらに言えばその女の名をお芳と言って、これがまた大根みたいな足にかぼちゃみたいなケツをしているが、非常に働き者で献身的なところにあなたは大層惹かれていたな?」

六郎「ぎくぎくぎく!」

易者「あなたはお芳の気をひこうと、給料の三月みつき分をはたいて上等なかんざしを買ったが、『他に好きな男がいる』の一言であっさり幕切れ。もう仕事も何も手につきゃしない。朝から呑んだくれちゃくだを巻き、今日だって……」

六郎「もう分かった、やめてくれ!   信じる。あんたの言うこと信じるから、もうそれ以上はみっともねぇから言わねぇでくれ!」

易者「ふふ、図星だったようだな。よろしいか、皆さん。このように占いを知れば全てお見通し。これを人生の羅針盤としないくらい愚かなことがありましょうか。さあ、そこでだ。ごろうじろ。ズラリと並びましたるこちらの本。これは全て占いの本。私が知っております花のお江戸は神保町の大きな本屋が、このたび訳あって廃業することとなった為、私が全て買い取りました。これは本来、新品であれば二百文から三百文の値段で売られている代物です。この本をどうするか。私、占い師ではありますが『売らない』などと野暮なことは申しません。売ります、売れます、買わせます。それを買うのが男の度胸。男は度胸で女は愛嬌、坊主はお経で漬物はらっきょう。しかし、ただ売るんじゃあまりにも芸がない。今日はせっかくの尾張・名古屋は大須にてのお披露目です。半分の値段の百五十文でどうだ!   さあ、買った!   買わない?   買わないか。じゃあ、負けちゃおう百文でどうだ!……どうした。今日は乞食の集まりか?   よし、名古屋にケチが多いのはよーく分かった。こうなりゃもう腹を切る覚悟!   血ぃ出すから金を出せ!   五十文でどうだ!」

六郎「買った!」

易者「おお、疑いの若者よ。あなたはやはり見込みがある。私は一目見てそう思った。これからどんどん運が良くなるぞ」

六郎「へ、そうですか。有難うございます」

易者「さあ、他に買い手はないかな?   ここで買わなきゃ尾張人も終わりだよ?……(買い手現れて)へえへえ、有難うございます。あ、こちらも。有難うござい……」

兄貴(易者)「おい、ロク。今日のお前のサクラは名演技だったな。おかげで今日のバイは大成功だ。まあ、ひとまずお疲れさん(お酌をする)」

六郎「へえ、すいません。おっとっとっと……。いやぁ、やっぱ兄貴の絶品の啖呵売たんかばい賜物たまものっすよ。もう今日なんか、どっからどう見たって本物の易者でしたもんね。名古屋の客も『こりゃあ、どっかの偉い先生だ』って思ったんじゃないですか?」

兄貴「へへ、そうかい?   それにしてもあれだなぁ。お前も名古屋の客るんだったら名古屋弁で喋らなくちゃいけねぇのに、完全に江戸弁で喋ってんだもんな。俺はいつバレるかと思ってヒヤヒヤしてたぜ」

六郎「あ、そうか、やっちまった!   ハハハ!   でもまぁ、バレなかったから良かったじゃないですか。"尾張"よければ全てよしってことで」

兄貴「やかましいやい、このシャチホコ野郎!」

六郎「ハハハハハ!   ところで兄貴、名古屋弁てどう言うんだい?」

兄貴「んあ?   まあ、見てろや。女将さん、すいませーん!   酒まー1本ちょうだい。あと、それからねぇ……味噌カツと天むすと、ひつまぶしが食いてぇだがや。あと他にうみゃーのは何かあるかや?   え?   きしめんと手羽先とコーチンと味噌煮込みうどんとヤマサのちくわと鎌倉ハム?   あと、ういろうと両口屋是清?   あ、そう。じゃあ、それ全部持ってきて。……あ、あと〆にすがきやラーメンねー!……見たかロク、これが名古屋弁だがや」

六郎「へえー、これが名古屋弁かぁ。要するにあれっすね。みゃーみゃーみゃーみゃー言えばいいんっすね?   参ったなぁ。オレ犬派なんだよな。うまく言えるかなぁ……。うみゃあー……どえりゃあー……海老ふりゃあー」

南北「ああ、もし、若い衆。しばらく」

兄貴「あん?   何だい爺さん。俺たちに何か用かい?」

南北「あ、いや。わしはこの居酒屋の常連でな。今日も今日とて隅っこで一人、ちびちびとやっとったんじゃが……。どうも最前からお主らを見ていて気になることがあってな」

六郎「何だい、爺さん。あんたは俺らに興味あるかもしれねぇけど、俺らはあんたになんか興味ねぇんだぞ」

兄貴「ああ、ロク。まあそう言わずに、この爺さんの話も聞いてやろうじゃねぇか。で、何だい爺さん。何が気になったんだい?」

南北「うむ。他でもないのじゃが……、実を言うとお主の顔に死相が出とるのじゃ」

兄貴「え!   死相?   俺の顔に?……おい、ロク。何だい死相ってのは」

六郎「え、兄貴知らねぇのかよ。死相ってのはあれだよ。簡単に言うと、死にそうってことだよ」

兄貴「え!……じゃあ、何かい?   俺がもうじき死ぬって顔に書いてあるってぇのかい?」

六郎「そうだよ。今日、昼間さんざん兄貴がやってたあの〔人相〕ってやつだよ」

兄貴「え…… 俺の人相を見て一発で死相を読み取った? ……おい、爺さん何者だい」

南北「わしは観相家の水野南北と申す」

兄貴「観相家?   何だい、本職かい。参ったねぇ……。で、爺さん、俺はいつ死ぬんだい?」

南北「早ければ今日あす。もって半年といったところだろう」

兄貴「おい、縁起でもねぇこと言うんじゃねぇよ。ええ?   今日あすにでも死ぬってのかい?   見ての通り、俺はこんなにピンピンしてんだぜ?   どっこも悪いとこなんてねぇや」

南北「いや、病ではなく剣難の相が出ておる。おそらく辻斬りにあうか、あるいは何らかの理由で切腹を余儀なくされるか」

兄貴「おいおい、冗談じゃねえやい。今日の今日だって叩き売りで散々腹切って(値引き)きてんだい。切腹ってのはきっとそのことじゃねぇのかい?」

南北「いや、わしの見立てに万に一つも狂いはない」

兄貴「じゃあ爺さん、どうすりゃいいってんだよ。結果ばかり言わねぇで、防ぐ方法を教えてくれよ」

南北「よろしい。ズバリ今日から一年間、一日一食、麦と大豆だけで生活しろ」

兄貴「はあ?   何じゃそりゃ。辻斬りにあうかもしれないってのを、麦と大豆だけ食ってりゃ防げるって?   おい爺さん、ボケてんじゃねぇのかい?   そんな馬鹿げた理屈があるかってんだ」

南北「食と運の相関関係を軽んじてはならない。食を慎めば運気は向上する。これはわしの長年の研究の集大成だ」

兄貴「食と運だ?   へっ。そんなもん、メシ食ったら"うん"こが出るのは当たり前じゃねぇか。おい、洋野東西さんよ」

南北「水野南北だ」

兄貴「へっ。どっちでもいいや。バカバカしくて聞いてられっか。おい爺さん、もう帰ってくれ。あんたの話ぃ聞いてるとメシがまずくならぁ」

南北「そうか。わしはお主の為を思って言っとるんじゃがな。まあよい。どの道を行くのもお主の勝手じゃ。せいぜい達者でな。では失礼」

女将「あーら先生、お帰り?   今日はお弟子さん、いらっしゃらなかったのねえ。もう暗いですから気をつけて帰って下さいね。転んでお怪我でもされたら大変。何たって先生は『皇室御用達』ですものね、ウフフ。……(代金もらう)あ、はい。ちょうど頂きました。毎度ありがとうございます。じゃあ、おやすみなさーい」

兄貴「あ、ちょいちょいちょいちょい、女将さん、今の爺さんのこと『先生』って呼んでたけど、何、あの爺さん偉いの?」

女将「あら、やだ。ご存知ないんですかぁ?   あの方は水野南北先生と言って占いの大家ですよ。すぐこの近くでお弟子さんを大勢かかえて、立派なお屋敷に住んでらっしゃるんですよ?   そういえばお客さん、さっき先生に話しかけられてましたけど、何か観てもらったんですか?」

兄貴「え?   いや……ま、まあ、ちょっとね……」

女将「あの先生の占いは百発百中ですから、もし何か言われたのなら絶対その通りにした方がいいですよ」

兄貴「あ、そうですか……ハハ……百発百中で……へへ……死相が……。とりあえず、まーちっと(もうちょっと)酒持ってきてもらおうかな……」

   ……てんで、そこからはもう大変です。何たって百発百中の大先生にハッキリと「死ぬ」と言われたんですから、もうヤケ酒です。店が看板(閉店)になるまで、しこたま酒をあおりまして、舎弟しゃていのロクの肩を借りながら千鳥足で宿までの田んぼ道を帰っていくわけですが、そこで「おい」と呼び止める声がしまして振り返りますと出ました、辻斬り侍です。「新しい刀を入手したから切れ味を試させろ」ってんで侍がつかに手をかけたその時です。ロクが万が一の時の為にと居酒屋で用意しておいた塩と胡椒と七味をブレンドした特製の"劇薬"を侍の目に向けてパーッと投げつけました。侍がひるむや、そこへすかさず大きな身体で体当たりをしまして、田んぼの脇の水路に落としてしまいました。「今だ逃げろ!」ってんで、兄貴をかついでスタコラサッサ。カラスカァで夜が明けまして、昨夜のいきさつをロクが話しますと兄貴もすっかり反省したようで、それからというもの一年間、あの占い師に言われた通り見事、麦と大豆だけで生活致しまして……。

兄貴「さあ、お立ち会い!   豚もおだてりゃなんでんかんでん、犬も歩けば棒に当たる、黙って座ればピシャリと当たる!   さあ、本日は一年ぶりの大須でのお披露目。手前こちらにズラリと並べましたる本は、ご存知ご当地の英雄、金看板御免は水野南北先生のご本だ。本日は私が長年に亘り築いてきた人脈を最大限に駆使し、観相学の大家・水野南北先生の著書に限り全国の書店からかき集めご用意致しました。先生は言います。『食は運命を左右する』『少食こそが開運の鍵』ーー。かく言う私も、この一年間ひたむきに先生の教えを実践してまいりました。おかげで『半年で死ぬ』と言われた命が、気がつけばもう一年も持っております。これと言うのもひとえに、一年前にちょうどこの名古屋の地でもって運命的な出会いを果たした水野南北先生のおかげであり…………おかげであり…………先生…………先生!…………水野南北先生!」

南北「やあ、久しぶり。どうやら元気でやっておったようじゃな。すっかり死相が消えておるぞ」

兄貴「へえ、おかげさまで。あの日からもう死にたくねぇ一心で、先生の教えを守って麦と大豆だけで今日まで何とかやってきました」

南北「うむ。大したもんだ。一日一食は、なかなか続けられるもんじゃないでな。もう腹がへってどうにも仕方がないということはなかったか」

兄貴「へえ。"香具師やし"は食わねど高楊枝で」

南北「ハッハッハッ。では、途中でさじを投げなかったわけだな?」

兄貴「いやあ、さじを投げたからこそ食わずに済んだんで」





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