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2000日後、1/2000へ薄れた記憶に 何を残せるか?

[2017年1月18日 facebookより]

今日は旭川医大の医学科1年生の実習でした。

約120名の医学生が参加する、
かなり規模の大きな正規の実習です。
テーマは「医療面接」であり、
医師が日常的に行っているコミュニケーションを
先取って体験するという形式です。

札幌と旭川の模擬患者さんにも手伝っていただく
という本格的な外来診療シミュレーションとなります。
合わせて11名もの模擬患者さんがボランティアで
未来の医師たちに協力していただけるのは、
本当に恵まれていると思います。

医学科の1年生といえば、
医学にはほぼ暴露されていない背景となります。
医学的な知識もほぼゼロの状況で、
コミュニケーションの奥深さを学ぶための実習です。


<設定>
・医学科1年生は一人の医師役になる
・相手は経験豊富な模擬患者
・市中クリニックの医師という設定
・外来診療での医療面接を行う
・患者に健診の結果を説明する場面
・自覚症状は全く無いが採血項目で異常を指摘
・悪性腫瘍が疑われ、精査が必要な状況
・患者は症状が無いから検査は不要と主張
・日々の暮らしのため、仕事を休むのは難しい
・今回の受診も無理を通してシフトを空けた
・検査のために平日の半日を空けるのは困難
・その他にも生活的な背景があり受療は厳しい

このようなシナリオを通じて、
医療コミュニケーションの入り口を
学んでいただくという狙いです。

制限時間は10分で、検査結果の説明をした上で
別日の追加検査を受けるよう説得する
というのがミッションなのですが、
患者背景に示したように、
検査のための時間を確保できないというジレンマが
必然的に生じるというピットフォールが存在します。

正解は勿論無いのですが、
この迷いというか葛藤の中でロールプレイを通じて
どのように判断し
患者さんのために何ができるのか
という体感が得られる実習なのです。

時間や資源の制約上、
120名のうち代表で
2名(同じシナリオを2回)しか実演できないのですが、
その実演・ディスプレイを通じて、
どのような学び・気付きを提供できるかをサポートするのが
私の本日の存在意義です。

上記のような設定のため、
誰がやっても同じような結果が得られます。
それが、このシナリオに含まれる工夫・仕掛けなのです。

つまり、次のようなことが起こり得るのです。

・医師は検査をしてほしい
・患者は症状が乏しく検査を受ける意義をさほど感じていない
・意義を理解したとして、時間の制約が邪魔をする
・このようなジレンマから話が平行線に陥る可能性がある
・「癌」という言葉に対する、受け止め方の違い
・患者にとっての「突然」感
・気持ちを整理するだけの時間が絶対的に不足

というような負荷がかかった状態で
医療面接のロールプレイをしなければなりません。

演じる側は大変だったと思います。

一人目は、
早い段階で「癌」という言葉を持ち出したので
模擬患者は
「え?」
「突然そんなことを言われても」
「だって今元気じゃ無いですか?」
「受ける必要性は無いと思います」

というようなリアクションをします。

でも、ミッションが
「検査を受けるよう勧め、同意を得る」
という無理な注文ですから、
議論が平行線に陥ってしまうのも無理はありません。

二人目は、
そのやり取りを見た上での入りなので、
慎重な姿勢が伝わって来ます。
言葉を選んで、慎重になって、
その上で「癌」という言葉を発したのは
後半に入ってからでした。

すると、今度は受け手からすると、
「検査の必要性がいまいち伝わって来なかった」
という感想に変わるのです。

検査の必要性を押せば押すほど、
現状とのギャップで患者さんがビックリするし、
逆に心理面を配慮し過ぎると伝えたいことが
ボケて伝え切れないという絶妙な設定なのです。

その二人のロールプレイを通じて、
残りの120名が
何を感じ、
何を受け止め、
何を考え、
何を今後に繋げるのでしょうか。

まとめに与えられた時間は15分です。
毎日のように、似たようなジレンマの中
診療している現場の人間が
彼らに何を伝えられるのでしょうか。
力の見せ所です。笑

以下、
私が彼らに投げかけた仕掛けです。

その成果は勿論、
今日・明日で得られるものでもなく、
かといって
遠い未来までも深く強烈な印象を全員に残すことも
現実的には無理な話です。

この3時間かそこらの実習で、
彼らのどこかに小さな何かを与えられたらという思いで、
気を張り巡らせるのです。

「シミュレーション教育の構成は
  オリエンテーション
  シミュレーション
  振り返り という3部構成が基本。
 この三つの段階の中で最も学習効果が高いとされるのは
 どれだと思いますか? (間)」

「実は「振り返り」の段階が
 最も学習効果が高いのです。」

「今、まとめと言われて
 ホッと安堵して集中のスイッチを
 切りそうになった人もいるかもしれません。」

「でも、そのホッとしたときこそ、
 冷静に振り返ったり、
 振り返っことが身に入る時間なのです。」

「だから、残り15分、
 大切に過ごしていきましょう。」

「今回の実習を通じての、
 感想、質問、意見、何でも良いので
 積極的に発言してみませんか?」

「あっ、これは前振りですからね、
 「質問ありませんか?」っていうのは
 「質問してください」という熱望ですから。」

ここで会場から笑いが出るのは、
お決まりのパターンだからです。
笑ってくれたフロアの1年生に感謝します。

プレゼンターと聞き手の呼吸が大事なのです。

「ここまで言っておいて、
 もう一度問います。
 何か質問ありませんか?」

期待していたよりも
早い段階で挙手した学生がいました。

質疑応答を行い、次を待ちます。
これもすんなり二人目が自首してきます。

この時点で場を設計した者の役割は終わりです。
フロアから質問を引き出すことが出来れば、
私の役割は実習の中では終了となります。

挙がった質問は次の通りです。
とても鋭くて、
そして積極的に質問をしてくれて、
さらには、
実習の最後の時間帯で
疲れているにもかかわらず
フロア全体の集中力が途切れない雰囲気を
ひしひしと感じたことが
何よりも、うれしく
充実したアウトカム(自己満足)です。

*例えば、
 家には自分がいなければ
 生活が出来ない家族がいて、
 自分が入院しなければならなくなったときには、
 どうやって説得するのか?

*質疑応答の中で、
 医師と患者との座席配置についての言及があったが、
 それは具体的にどのようなものか?
 どうすればより良い医療面接の環境を
 設営できるのか教えて欲しい。

*今回、10分という時間設定だったが、
 実際の外来ではどのくらいの時間を割けるのか?
 患者として受診した経験上、
 もっと少ないような印象がある。実際にはどうか?

*2回のロールプレイを通じて、
 患者さんの生活背景に
 どこまで踏み込んで良いか分からなくなった。
 突っ込みすぎても
 プライバシーを侵害する可能性があるし、
 ぼんやりと核心に迫らないのは
 それはそれで有用な情報が得られない。
 実際の現場ではどのようにしているのか?

*「困ったときには、
  いつでもコンタクトor再診して良い」
 とは言ってみても、患者さんが帰宅した後は、
 医療者側からどこまで介入・関与できるものなのか?

これらの質問は、
今回の実習を通じて切に感じたことを
踏まえて返してくれた成果だと思います。

このような問題意識やディスカッションを
全体の場にフィードバックできたのは、
とても良いことだと思いました。
彼らの今後の活躍に一層期待したいです。

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医学教育のアウトカムは、
一か月後でもなく、
一年後でもなく、
少なくとも数年は要すると思っています。

彼らが医師になるまでには、
まだ5年以上を要するわけです。
彼らが医師になるのは約2,000日後になります。

その頃までに
今日の記憶が1/2,000くらいにまで
薄まっているしまうとしたら、
何を栄養として残せるか?
というように
果てしない話として続いていきます。

今の自分が診療をするに当たり、
かつての先輩医師たちの良い講義・良い実習が
今も残っていることがたくさんあるので、
自分もそういった何かを残せるような
縁の下の力持ちになれたらなと思い、
この実習に臨みました。

ただ、今日の後輩たちの生き生きとした姿勢は
頼もしくもあり、
2,000日後にまた現れたいと思いました。


今日は2022年1月18日。
あれから5年が経ちました。
当時の1年生たちは(その大半が)最終学年になり、
今、医師国家試験の直前期を迎えています。

実は、一年前の今日、
約半年間のオンライン臨床実習が幕を明けました。
私も開発・運営に関わり、
ひと学年120名と半年間、
リモートではありますが、
一緒の時間を過ごしました。

その学年は、まさに5年前の今日、
医療面接実習で関わった学年なのです。

たくさん時間を共有しただけに
思い入れがあります。
是非、医師国家試験を突破して
素晴らしい医師になってほしいです。

2000日の少し手前の時期に
当時の投稿が現れて驚きました。
これはfacebookの機能の中でも
本当に素晴らしいと思っています。

旭川医大の6年生へ。
陰ながら応援しています。
またどこかで会いましょう。