過去現在未来、美しさをめぐる旅|平安の装束|蒐集、それは研究の始まり
これは平安時代の貴族が着ていたとされる装束。映画やテレビドラマで目にすることはあっても、実物は神社などで神職の人が着ているもの以外、あまり見かけない。知らず知らずのうちに背筋が伸びた気がするのは、体を流れる日本人としてのDNAがそうさせるからだろうか。
國學院大學神道文化学部4年の岡﨑良介さんは、こうした平安装束のコレクターだ。大学進学後、アルバイトで貯めたお金のほぼすべてを投じて収集を始めた。ちなみに、國學院大學への進学を決めたのも「日本の成り立ちを学べる環境を求めて」。着付けサークル・萌黄会の会長を務めるなど、筋が通った22歳だ。
収集の起点は小学生時代にたまたま見た、平安時代が舞台のとある映画。その美しさに一目惚れしたことがすべての始まりという。「自分を魅了した美しさがどのようにして作られたものなのか、その過程を辿るところにハマっているのかも知れない」と岡﨑さん。彼にとっての蒐集、それはまるで美しさの源流を求める旅のようだ。
集めるほど詳しくなり、詳しくなるほど欲しくなる
━━貴重な物をお持ちいただきありがとうございます。家にあるものも含めて、どれくらいの数をお持ちなんですか?
全部で8、9点でしょうか。上に着るものもあれば、こうした袴もあります。
左奥の烏帽子は紗でできている夏用です。高烏帽子と呼ばれるもので、現代の神社で使われているものより高さがあるんです。ほかに冠などもあります。桐箱に入っているので、さすがに持ってこられなかったですが。
━━同じ袴でもさまざまな色があるんですね。
年齢や位によって、どの色の袴を着るかが決まっています。紫に紫の紋が一番若く、紫に白の紋、縹に白の紋、浅葱色に白の紋と続き、最後は白に白の紋になります。若年層の袴は模様が小さく、密集していて、歳をとるほど色が褪せていき、儚げな感じになる。
こうした決まりごとを有職故実といいます。袴を見れば、その人の位や年齢がわかる。だから袴が大事だと思い、集めているんです。
この濃い縹色の袴は非常に珍しいんですよ。神社でもこの色は使わなくなっているから、ほとんど出回らないんです。手に入れようと思ったら、特注で生地から織ってもらう必要があります。
━━そんな貴重な物をどうやって手に入れたんですか?
ネットオークションですが、非常に幸運でした。くしゃくしゃの脱ぎ途中の状態で出品されていたから、そこまで高額にならずに済んだんです。とはいえ、決して安いものではないですが。
けれども、問題はその後でした。即クリーニングに出すのですが、普通のお店ではやってくれないので、専門の店に出すことになります。
洗濯のやり方にも何種類かあり、本式のやり方は潤色といって、全部ほどいて反物の状態にし、色をかけ直して糊を貼ります。見積もりを出してもらったところ、新品をあつらえるのとほとんど変わらない値段で、面食らいました。
━━知らない話が次々に出てきてすごく面白いです。こうした知識はもともとお持ちだったんですか? それともコレクションが先?
並行して、徐々に知識を得ていったという感じです。というのも、どういうものに価値があるのかといった知識がなければ、そもそも手に入れることができないので。集めているうちに詳しくなり、また知れば知るほど次のものが欲しくなる。その繰り返しでここまできた、というところでしょうか。
きっかけは陰陽師。この美しさの正体は
━━ハマったきっかけは?
小学6年のとき、まさに一目惚れでした。キリスト教の学校に通っていたので、それまではこういったものとは無縁の生活。中学受験も控えており、勉強漬けの日々でした。その休憩時間にぱっとテレビをつけたところ、確かBSだったと思うんですが、映画『陰陽師Ⅱ』をやっていて。見た瞬間に「これは一体なんなんだ!」と。衝撃を受けました。
歴史の教科書で見たことはあっても、そういう人物が実際に動いているのを見るのは初めてだったので。衣の動き、立ち居振る舞い、その美しさに一瞬で心を奪われてしまったんです。
━━衣の動き、ですか。
見てもらえればわかりますが、これなんかは袖がかなり大きいですよね。走ったり礼をしたり、大きな動きをするたびに袖やヒラヒラした部分が動く。衣というのはそれ自体が人を優雅に見せる強い舞台装置なんです。その動きが神々しく映りました。安倍晴明を演じる野村萬斎さんの動きがまた、ものすごく美しいので。それも相まって、やられてしまいました。
━━普通はストーリーに意識が行きそうですが。ハマりやすいタイプなんでしょうか。
ああ、そう思います。同時期には金魚にもすごくハマっていましたし。会に所属して、自分で育てて、品評会にも出して。家が水族館のようになっていました。
育てていたのは蘭鋳と呼ばれる種類なんですが、色味や鱗の並び、尾の張り、頭の発達具合など、いろいろなところに美的要素があって。生きた総合芸術とも言われます。そこに魅力を感じていました。
植物を育てるのも好きですし、書道もやっていました。趣味は多い方だと思います。直感的に「美しい」と思ったものにハマってしまう。そして一度ハマると、どんどん突き詰めてしまうタイプの人間なんです。
━━共通するのは美しさ?
そうですね。美しさというのは単一的なものではないと思っているんです。さまざまなものが複合的に合わさって、一つの美しさというものが完成する。その美しさが生まれた過程や複合的な背景にハマっているのかもしれないです。
最近のものより古いものの方が好きなのですが、それも同じ理由ではないかと。古いものにはそれなりの積み重ねがありますから。その積み重ねの部分に惹かれるんだと思います。
あとは変化、移り変わりですね。金魚も年齢を経ると色褪せていきますし、盆栽も険しくなっていく。こうした装束もそうです。華やかだったものが、年を経ることでちょっと錆びついた、儚げな感じを纏うようになる。そういう変化も好きなポイントの一つです。
━━なるほど。美しさがどのようにして作られてきたのかを知るべく、過去へと遡るとともに、未来に向かってどう移ろっていくかを見届ける楽しみもあるんですね。
ものを手にして広がる世界
━━最初に実物を入手したのはいつですか?
見て綺麗だなと思ったのは小学生のときですが、実際に手にしたのはずいぶん後のことです。当時は受験で、それどころではありませんでしたから。もちろん頭の片隅にはずっと引っかかっていましたが。
そこから中学に進み、そこで第二の衝撃を受ける出来事がありました。天海祐希さんが光源氏を演じた源氏物語の映像を見たんです。「現実の光源氏もきっとこんな姿だったに違いない」「こんな美しい装束を自分でも手にしたい」とあらためて思いましたが、値段を調べてみると、とてもではないですが中高生に買えるものではなく。ようやく買えたのは大学1年生になってからでした。
この狩衣がそうです。中古のものをネットオークションで競り落としました。確か3、4万円くらいだったと思います。聞いたところ、結婚式会場で雅楽を演奏している人が着ていたものらしいです。出品されるのは、大体がお宮さんなどで使われなくなったものなんですよ。
━━なぜこの狩衣を選んだんでしょう?
狩衣とはその名の通り、狩りをするときに着る普段着のことです。脇が縫い合わされておらず、紐でくくれば長い袖も絞れるようになっているので、弓などを使うのに適しています。正装である衣冠や束帯とは違い、さまざまな装束がある中で一番位が低いもの。現代の神社で一番使われているのもこの狩衣なので、数が出回り、入手しやすいんです。
また、位が低いがゆえに、色や模様などにこれといった決まりがなく、いろいろな種類があります。その中から、赤に金が映えるこの色を選びました。
━━ 一目惚れから6年以上。手に入れたときの気持ちは?
「やっと買えた!」「やっと自分のものにできた!」と感慨深かったですね。それまでもサークルで着たりはしていましたが、自分のものではなかったですから。
━━入手後はどんな楽しみ方を?
まず単純に美しいものなので、鑑賞して楽しんでいますね。新しいものを手に入れるたびに概観すると、その都度新しい感動があります。その感動の連続があるから今日まで続いていると言えます。
絹でできているので、半年に一度は虫干しする必要があります。そういうタイミングで、干してある装束を横目に源氏物語を読み耽るのが、おすすめの楽しみ方です。「今日は重陽の節句だから、ちょっと箪笥から出してみようか」「冠には桃の花でも刺そうかな」などと、季節に合わせて味わう楽しみ方もあります。
━━コレクションの楽しみ方の一つには同じ趣味を持つ仲間との交流があると思うんですが、周りにも集めている人が?
実家が神社という人を別にすると、個人のコレクションとして持っている人はいないと思います。ただ、装束の良さを知っている人は周りにたくさんいるので。買ったものをサークルに持って行き、鑑賞会をしたり、着たり着せたりということはしています。装束というのは、やはり着るもの。コレクションと言っても、ずっと飾っておくわけではありません。
自分のものを持つことのもっともシンプルなメリットは、着るのが上手くなることかもしれないですね。普通は練習したいと思っても、学校に行かなければならないですから。自分で持っていれば、箪笥から出して自由に着ればいい。なにぶん大きなものなので、しまうのは面倒ですが。
やがて趣味と研究が交差する
━━だいぶ高尚で風流な楽しみ方をしているんですね。卒業後は大学院に進むと聞いています。これだけのめり込んだら趣味にとどまらず、研究対象にしたいとも考えそうなものですが?
そういう気持ちはあります。専攻は考古学で、装束や有職故実は趣味として始めたこと。ですが、ここまでやったからには、どうにかしてこちらの研究もしたいと思っています。
でも、やる以上はやはりものがないと始まらないじゃないですか。ですから、これは趣味の収集物というだけでなく、研究資料でもあると思っています。物語を読んでいると「狩衣がこうあって」「こういう動きをして」といった細かい描写が結構出てきます。そんなときに「実物はどうなっていたっけ」と箪笥から引っ張り出して見てみるということは、今でも日常的に行っています。
━━考古学とうまく交わるポイントが見つかるといいですね。
アイデアはあります。今考えているのは石帯に関する研究です。石帯というのは正式な衣装のときに用いられる、石=玉で作られたベルトのことです。
平安貴族は基本的に火葬か風葬されていたので、お墓の中からこうした装束が出てくることはまずありません。土に埋めたとしても、腐ってしまうからものが残らず、なかなか研究が進まない。ただ、石帯の場合は石と金具、今でいうバックルのようなものでできているから残りやすいんです。
こうしたものはもともと中国から伝わったもの。装束も中国の影響を多分に受けています。中国は日本と異なり土葬、かつ漆塗りのお棺に入れるので、密閉されていて腐らないから残りやすい。フィールドを日本に限らず、中国の出土品や壁画も合わせて研究ができればと構想しています。
━━ 一目惚れから始まった美しさの源流を辿る旅がどこまでも広がっていきますね。
そういう意味で言えば、考古学を志したのにも一目惚れ的なところがあって。小学校5年の課外授業で埼玉の稲荷山古墳を訪れたとき、そこで目にした稲荷山鉄剣に、やはり一目惚れしたんです。
金の細工が施され、紋様が彫られた美しい鉄剣。千数百年前の記紀に出てくる天皇の名前まで刻まれている。そこになんとも言えない神々しさ、神秘性を感じました。
それがきっかけとなってここまで来てしまいました。ちょうど1年前に稲荷山古墳を再訪して鉄剣を見てきたんですが、やはり変わらぬ感動がありますね。
ものに負けない自分を作る
━━研究成果が今から楽しみです。ちなみに今後欲しいものは?
欲しい装束が3点ほどあります。
一つは、衣冠の中でも一番位の高い人が着る黒い袍。二つ目も同じ袍の一種ですが、入襴の装束が欲しいです。昔のものは蟻先がスカートのプリーツのような形状をしているんですが、この形式のものを一点作りたいと思っています。過去にもこの形式で仕立て直しに出そうと思ったことがあるんですが、そのときはまだ自分の中で考証が足りていないと思い、とどまった経緯があります。
そして三つ目に、直衣。これもいつか作りたいと思っているのですが、かなり高額なので、おいそれと手を出せずにいます。
━━二つ目のところでおっしゃった「考証が足りない」というのは?
どうせやるのであればきちんと考証して、史実に即したものとして作りたいということです。現代の神社などで使われているのは江戸時代以降のモデル。もともとの作りに合わせて、細かく依頼するには、こちらにも相応の知識が必要になります。
時代劇などは撮影用にアレンジしてある部分もあるので、あまり参考になりません。なので、主として源氏物語のような古典を読んで理解を深めることになります。あるいは、数は少ないものの、装束専門に書かれた本もあります。
━━作るのにも集めるのにも知識がいるということですね。集めているのはほかならぬ自分でも、逆にものに試されているようなところもある。
まさにそうだと思います。ただ集めるだけなら、それは蒐集ではなく収集でしょう。ものに負けないような知識や研究が伴って、初めて蒐集と言えるのではないかと。
これは装束に限らない話だと思います。ただカブトムシを採っているだけなら収集。でも、いろいろな種類を集め、繁殖までさせて生態系を研究するともなれば、それこそまさに蒐集と言っていい気がします。
執筆:鈴木陸夫/撮影:黒羽政士/編集:日向コイケ(Huuuu)