第27回風花随筆文学賞 優秀賞(福井新聞賞)を頂きました。

           社員旅行

 16年前、カンボジアに単身赴任し日本語学校を立ち上げた。初の海外赴任に加え、学校の設立運営と言う未知の世界への不安と、やりがいと言う希望が渦巻いていた。政府への学校認可申請から仕事は始まった。苦難の連続だったが、カンボジア人スタッフの頑張りや優しさに救われる日々でもあった。クラスの編成や運営、酷い雨漏りや延々と続く停電など通常運転がなかなか思う様に行かなかった。何とか軌道に乗ってきたかな、と感じたのはおよそ一年後の頃だった。

 一年の終わりに、よく頑張ってくれたスタッフを慰労したく、初めての社員旅行に行けたらいいなと思った。カンボジアの観光も兼ねて、皆とオフの時間を過ごしてみたいとも思った。そこで、毎日おこなっていた夕礼で皆に提案してみた。日本では最早、社員旅行には行きたがらない若者が多いご時世なので、恐る恐る提案した記憶がある。ましてや予算も無いため皆から参加費を取らなくてはいけない。難しいとは思ったが、私は率直に話した。
 すると、最年長の女性スタッフが、「え?何と仰いましたか?」と皆を代表するかの様に聞いてきた。「だから、一泊の社員旅行に行かないか?とみんなに提案したんだけどね」と答えた。一瞬の間に続いて、スタッフみんなが顔を見合わせながら「やった〜!行きたい!海がいい!」と口々に叫び出した。中には立ち上がって踊りだす者もいた。まさかこんなに喜んでくれるとは思わず、感激した。良かった、みんなも一緒に遊びたかったのだ。
 その翌朝、一人の男性スタッフ(プット君)から相談があると言うので別室で聞いた。開口一番彼は言った。
「社員旅行の件なんですが、両親も連れて行って良いですか?是非お願いしたいのです」
私は耳を疑った。まさかの相談である。更に彼は言った。家族を連れて行きたいスタッフは他にもいる筈だから、みんなにも聞いてあげてください、と。そんな事があるのかと半信半疑ながらまた夕礼で聞いてみた。
「昨日話した社員旅行の事だけど、家族も連れて行きたいって人はいるのかな」
すると、全員が目を輝かせて「はい!」と答えるではないか。まさかの展開である。希望を聞いて行くと、バスを2台借りなければならない上、宿泊所も手配が難しくなるため、家族の人数は制限するものの出来る限り希望に応えた。
 観光でもしながらのお気楽な社員旅行では済まなくなってきた。スケジューリング、安宿探し、バスの手配、BBQ食材調達、遊具集め等にチームを分け、準備は万端怠りなく彼ら主導で進められて行った。以降夕礼では、業務関係は後回しとなり、各チームの旅行準備報告が主要議題と化していた。
食材調達の報告で、あるスタッフは発言した。「私は両親と相談した結果、家で飼っている鶏を4羽ドネーションします」これに一同は大いに盛り上がった。私は今一つピンと来なかったのだが、よくよく聞くと、生きている鶏を持って行き現場で捌いて料理するのだと言う。
 スケジューリングの報告ではこうだった。「バスで6時間かかるので、朝5時出発にしたいと思います」これに対しても一同が「いいね~!早く行って沢山遊ぼう!」と反対の声はかけらも出なかった。遠くから参加するご家族は大丈夫か?と私が聞いたら、「全然大丈夫です。暗いうちに出れば間に合いますし、きっと喜びます」と答える。
 
 いよいよ出発の日となった。出発の5時前には見事に全員が揃っていた。初めて会うご家族の方々とのご挨拶もそこそこに、バスは出発した。出発すると間もなく朝食のパンが配られた。大歓声である。食べ終わる頃には、カラオケの準備が整い、のど自慢大会が始まった。その間に配られるマンゴーやランブータンなど自宅で採れた果物たち。あっと言う間に時は過ぎ、到着地に近付いて来た時、1人の女子スタッフが大声で叫んだ。
「海が見えました~!海だ~!Oh my country!」
続いて皆もまた口々に叫んだ。何と賑やかで楽しく、心洗われる旅行だろう、と喜びを嚙み締めた。BBQが終わり、砂浜で遊ぶ者、海で泳ぐ者、貝や魚を捕って来る者、それぞれが大いに楽しんだ。

 海辺がきれいな夕日に染まり始め、そろそろ宿に向かう時間だなと思った頃、ふと見ると波打ち際で老夫婦が浅瀬に浸かって佇んでいた。プット君のご両親だった。長い時間こうして海を楽しんでいたらしい。プット君を見つけて、「そろそろバスに戻るように言って来て」と頼んだ。その時彼は言った。「2人にとって海は人生初めてでした。見るのも触るのも、しょっぱいのも、砂浜も、何もかもが初めてでした。私は2人のこんな姿を見る事が出来て、とても幸せです。今回社員旅行に参加させて頂いて、本当にありがとうございました」
私は言葉が出なかった。代わりに熱いものが心の底から込み上げて来た。感動と感激と感謝の旅行は生涯最高の思い出として、今も心に焼き付いている。

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