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3:天理教校専修科を卒業し、詰所での青年勤めが始まりました。

中学生の頃に我が家に神様が来て(祀られて)何となく始まった天理教の信仰もいろんな事があったが、約10年ほど経って【天理教校専修科】を卒業し詰所の青年さんを努めるように成った。不思議なものだ・・・
専修科の同級生がみな大教会へ行ってしまって、ポツンと残された僕は淡々と与えられた御用に励んだ!詰所青年の御用は主に事務仕事です。第一に信者さんの受け入れ・掃除や部屋の片づけはもちろん雑務が多い勤めですね~信者さんの受け入れで大変だったのが、帰って来られる教会の先生や信者さん方々の教会名と名前・お顔が一致しない事です。当時大教会には部内教会数が約300教会近く(今は約230)あって詰所では教会長さんは宿泊費はタダ!0円なんですよ~お食事代だけ・・・だから事務所に居て宿泊に来られた方に「あなたは会長さんですか?」って聴きたいけど聴けないし、宿泊費頂いて良いのか?悪いのか?そもそも教会名・名前・お顔が覚えられないのでいやいや~大変でしたね~(笑)信者さんみたいな腰の低い会長さんが居たり・会長さんみたいに態度の大きい信者さんが居たり(何とかしてくれよ~)いろんな方が居られました(汗)会長さんは名札付けてくれ~!って思いました(笑)
そんな僕がある時から前大教会長さんの運転手役に任命されました。元々自動車関係に勤めてたからかな?理由はわかりませんが運転には自信がありましたので黒塗りの高級車のハンドルを握ってました。雲の上の方を乗せて運転するのはさすがに緊張しました。正直なところ前大教会長さんは優しく声を掛けて下さいましたが、大教会長さん・大教会の奥さんを乗せると、事ある度に車内で厳しいお仕込みが(怖)今思うと密室と言う車内で逃げられないワンツーマンであれだけお仕込み頂けるって有難い時間だったなあ~(笑) 詰所の御用・会長宅の御用・帰参者の受け入れ・勤務者の世話取りなどなど有難い経験をさせて頂く中、色んな先生方とお道の話しが出来て多くのお仕込みを頂いて天理青年として有難い勤めをさせて頂きました。有難かったなあ~(マジで!)さてさて・・・ココからが大事なんです。ある日の事いつもの様に大教会長さんを乗せて運転してると後部座席から「おい!達也!お前横浜へ行け!」って声が・・・取りあえず「ハイ!」っと応えましたが意味がわからん!(このまま運転して横浜まで行けって事か?)そんな事はないなあ~(笑)横浜って何?横浜に何があるん?横浜行って何するん?頭の中に【はてなマーク?】が点々てん・・・
要は横浜にある事情教会(会長さんが出直されて「もぬけの殻」になった教会)に行ってその教会の神様のお守しろ!って事です。選択の余地なしです。横浜へ向かう事になりました。訳も分からず専修科に入学して、詰所青年もまだ2年も経たない23歳の青二才・・・イチョウが綺麗な秋の事でした。笑うしかないでしょ~行くしかないでしょ~一人ぼっちで横浜へ旅立つ事になりました。大教会長さんからの餞別のお言葉は、『絶対仕事したらあかんぞ!』でした。(何それ~もっと他に言葉あるやろ~)
11月26日・ご本部月次祭を参拝し翌27日の午後、片道の切符を渡されて新幹線で一人横浜の教会へ向かいました(淋しかったなあ~)新横浜のホームに降りてポツンと一人立った時すぐに帰りたかったなあ~今でも帰りたいけど(笑)この日から達也の横浜布教の生活が始まります。ほんといろいろな事がある横浜での布教生活は・・・
また次回に書く事にします。
今日もお読み頂きありがとうございます。

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