嫌いなものは食べない

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「好き嫌いしないで食べなさい」という言葉がありますが、マスターは、「時代・虐待・感謝・医学」などの理由から、嫌いな物を食べる必要はないと思っています。


時代:
食糧難の時代は、少ない食材からカロリーや栄養素をとる必要がありました。
しかし現代は、様々な食べ物が手軽に手に入るようになりましたから、嫌いな物を食べることによるメリットより、嫌いな物を食べることによる精神的デメリットの方が大きいと思います。
「好き嫌いしないで食べなさい」という考え方は、古い時代のものと言えます。



虐待:
たとえば小学生の給食では、嫌いな食べ物を泣きながら食べる子どもがいます。
みんなで同じ給食を食べることは、ある意味大切なことではありますが、今の時代、嫌がって泣いている子どもに食べさせるのは、場合によっては「虐待」です。
現代は栄養素として代わりになる食べ物はたくさんあり、カロリーで言えば「肥満」と呼ばれる子どももいる時代です。
みなさんも「嫌いな食べ物」をいくつか思い浮かべてみてください。
嫌いな物を食べるのって、かなりイヤじゃないですか?
笑顔で食べることはできませんから、その場の雰囲気も悪くなります。


感謝:
嫌いな食材に対して、「感謝」できる人は少ないはずです。
マスターは、もし自分が食べられる側なら、できればおいしく食べてもらいたいです。
みなさんも、もし自分が食べられる立場なら、「先生や親がうるさいからまずいけど仕方なく・・・」と食べられるより、「おいしい・大好き」と言われたいと思いませんか?



医学:
万一好きな物を食べ続けて特定の栄養素が不足してしまった場合でも、現代は、サプリメント、点滴などによる対処法があります。


以上の理由から、現代において嫌いな物を食べるのは、「緊急時」で充分だと言えます。
嫌いな物を無理して食べるのは、自分に対しても、食材に対しても、周囲に対しても、愛ではないんです。
「私もあなたも周りも楽しい」という状態が愛です。


余談ですが、「感謝して食べなさい」という言葉なら賛成です。
また、現代人は好きな物を食べればいいんですが、だからと言って「すきなだけ大量摂取すること」とは意味が違います。
いまだに飢餓で苦しんでいる人がいるのは事実ですし、大量摂取は自分が太り、体調を崩しますから、やはり愛ではないんです。
「嫌いなものは食べない」、そして「好きな物を感謝して控えめに食べること」、マスターはこれが愛だと思います。

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