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離婚したけど、悲劇のヒロインには成り下がらない。

きっと、現代の一般的な価値観で「離婚」と言えば、どちらかというとネガティブなイメージが先立つと思う。

正直、私は悲劇のヒロインになることだって出来る。

離婚をして、元夫はこんなことをして、こんなことを言って、こんな感じだった。
私は、精一杯頑張ったのに、夫はこんな感じだった。
もう、何年も悩んで本当に辛くて離婚した。

私の個人的な角度から見たら、何だって言える。

でも、私は意図的にそんな選択はしない。

もちろん、今までの日記に綴っている通り、悲しかったり辛かったこともある。

でも、私はその都度、その瞬間に我慢をすることなく、しっかり泣いて、しっかり苦しんでいる。
だから、割とスッキリしているというのもあるし、自分の人生は自分で選べると思っている。

離婚した事実を友人に話す時、絶対に悲劇のヒロインにはならない。

理由として、惨めに思われたくない気持ちがゼロとは言い切れないが、被害者意識を持つこと程、人生の時間を止めてしまうことはないと確信しているから。

そして離婚は自分で選択した。

落ち着かない気持ちを抱えた結婚生活を送る私よりも、幸せを感じることが多い私になりたくて、離婚を選択したから。


被害者意識を持つということ


被害者意識というのは、意図的に「私は被害者意識を持たない」と決めない限り、多くの人が無意識に持ってしまう感情である。

人は、自分1人では対処しきれない問題に直面したとき、「どうしてこんなことが起こるんだろう。」「私はこんなにも辛い。」と、被害者意識を持ってしまう。

無意識に被害者意識を持った後は、その事実を人に伝える時、人は悲劇のヒロインに成り下がる。

本当に、そんな自分になりたくて産まれてきたのか?と、一度自分自身に問うてみると良いかもしれない。

一度、悲劇のヒロインになってしまえば、心や身体はネガティブな状態にフォーカスされるようになり、脳は悲劇のエピソードをどんどん創造する。

脳が創造した悲劇のエピソードは、やがて現実となって自分自身の現実となる。

だから、意図的に幸せ映画のヒロインになり、自らの人生を都合の良いように解釈して創造したら良い。

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