試着(耐久財の”お試し”)

[はじめに] [目次]

「試○」の世界で、最初にどれを取り上げるかとしたら、やはり「試着」に落ち着いてしまう。衣食住のひとつであり需要や試用頻度の高い世界ということもあるけれど(中国語では試着のことを「試衣」というらしい)、新しいテクノロジーやイノベーションを取り入れ、新しいビジネスモデルも生まれるなど、トピックスと事例に事欠かないからだ。

それ故に、一番難しい「お試し」かもしれない。服は単純に体型に合えばいいというものでもなく、イメージも大事だ。全体の着こなしやコーディネートのこともある。肌ざわりや通気性も気になるかもしれない。衣類だけでなく、靴やカバン、アクセサリー、女性の場合はメイクやネイルなども含まれてくるだろう。買い手側にも売り手側にも難しさのある領域だ。

しかも「ポチリ」が進んだ。通販・ECが伸長している。ファッション分野も例外ではないどころか、主戦場だ。買い手は、情報を吟味して頭の中でイメージしてボタンを押す。その時間は短縮化されていると言う。とはいえ、服はいったん試着したいというニーズも根強い。靴下などならともかく、値が張るものはそうだ。体形やイメージも時の移ろいとともに変わることもある。ところが、ファッション通販では、試着ができないことがひとつのネックだった。

①試着のためのお店(ショールーミングストア)

服を買いにお店に行けば試着室がある。試着はわずらわしくもあるが、選ぶ楽しさもある。試着室こそが、本当の意味での服との出会いの場かもしれない。しかし、売り場ではない試着室は、どちらかといえばコストであり、サービスだった。ところが、お店そのものが、試着の為だけの場であって、商品を売らないところすら出てきている。

ショールーミングストアの登場だ。ショールーミングとは「小売店で確認した商品をその場では買わず、通販によって店頭より安い価格で購入すること」だ。小売店としては試着の手伝いをしても買ってもらえないのでは骨折り損のくたびれ儲けというところが課題になっていた。一種の“ねじれ”だ。ところが、今度は小売店側がECにも注力するようになった。そんな小売店の一部が、お店には在庫を置かず、試着だけしてもらって、小売店が運営するECサイトで気に入った商品を購入してもらい、宅配で届けるということを考えるようになった。

お店側としては、在庫管理が不要になるし、商品棚などの販売スペースを圧縮できるので、それに掛かる賃料を削減できる。レジや現金を置かずに済むし、店員の手間も減らすことができる。オムニチャネルやO2Oの進化系とされることもあるけれど、決してそれだけではない。

ZARAの様なところが期間限定ながら展開して話題になった。しかし、ショールーミングストアに取り組むのは従来の小売店だけではない。小売店がショールーミングのねじれを解消するようになると、逆にECなどの実店舗を持たないオンラインサービス側が試着室を作るようになる。中にはそのまま販売まで行えるお店を作ってしまうECも生まれるようになる。

★事例図表

通販とECの融合は、さまざまで、ECが試着室を作るのではなく、既存の小売店の試着室をネットワークで繋いで組織化してしまおうという動きもある。※事例:ロコンドの店頭受取試着サービス

② 試着室の進化

もちろん、試着室本体の進化も進んでいる。

従来の試着室はどちらかといえば脇役でもあった。デッドスペースや隅っこに追いやられていることも多かった。今も変わらないかもしれない。買い手側にも不満があった。試着は手間がかかる。着込んだ人には脱いで、着て、また脱いで、着るのは煩わしさがある。セットも崩れることもある。狭いところでは不便なこともある。混んでいるときなどは待つこともある。ゆっくり試着などできるものでもない。

まず、試着室の広さ、部屋の数、室内での着替えをサポートする工夫、設置場所、そういった部分から手を付ける動きは多い。マルイの有楽町店では、すべての人が使いやすい試着室をと「みんなのフィッティングルーム」を開設するなどしている。試着室の敷居を下げている

試着室をWEB予約できるところも登場している。伊勢丹などでは、部屋の予約に限らず、試着したい商品を事前に取り置いてもらって、採寸や店員さんからのアドバイスも受けられる。ランジェリーや靴などに特化したものもある。試着室を貸し切り、ゆっくり試着できる様なサービスもある。

試着した姿を撮影できるスペースやメイクスペースを設置する試着室も登場するようになった。ひとつひとつの試着室にテーマがあって手も込んでいるしお金も相当かかっている。事例:スピンズ

従来なら、買いもせずに試着した姿で写真を撮るのは行儀が悪いように思われていたが、今は違う。むしろ、撮ってくださいと言わんばかりだ。もちろん、インスタ映えなどSNS拡散を期待してのことだ。「お試し」の確認の機能としては特段の意味を持たない話のようにも見えるが、"試みる"が重視する物語性の点からは実は大事だ。

試着室にもテクノロジーが入ってきた。EC運営のマークスタイラーが東京・渋谷に設けた「ランウェイチャンネルラボ」は3Dスキャナーが置かれている。試着してスキャンされると、Webブラウザで全身360度をチェックすることができる、後ろ姿など見にくかった角度からの見栄えも確認できる。

出前試着室というものもある。試着室が進化しても、やはり足を運ぶのは面倒だ。ワコールの「シンデレラフィッティング」では、試着専用車を開発。2015年の施策ながら、3Dスキャナでの体形測定や、試着した商品の無料2週間レンタル、専門アドバイザーからの指導など、進んだ試着サービスを提供している。

③ 自宅で試着(EC・通販と返品)

一方では、おうちが試着室化している。

通販の話だ。ECや通販は試着できないのがネックだった、という話をした。ところが、サイズが合わなければ返品してください、という所が出てきた。通販なので返品も宅配便経由になるのだけれど、その費用も無料にするところもある。それを利用する人も増え、敷居もだんだん低くなった。このシステムはファッションECの主流になった。

そのお陰で、自宅で時間や周りの目を気にせずにゆっくり試着ができる様になった。さらに、手持ちのアイテムと着合わせての確認もできる。寝転がって着替えてもいい。試着室の前で並んでいる人のことを考えなくてもいい。

しかし、それはあくまでも合わなかったら返品を受け付ける、という建前だ。だから、最初は“試着用に”取り寄せた分は全額払う必要がある。返品分が後日、返金される。若い人には懐が痛むこともある。

ところが、返品を堂々とサービス設計に組み込むところも増えている。もちろん、返品のためのサービスではないが、アマゾンの「プライム・ワードローブ」の登場だ。届いた商品を自宅で試着する。この時点では決済は完了していない。買わない分は返品して、買い取った分だけ後に支払われるから心理的負担が少ない。返品前提でも、返金前提ではない。“おうち試着”の敷居はますます低くなる。

これをいわゆる「頒布会」や「キュレーションEC」に応用するパターンもある。買い手が選ぶのではなく、売り手の目利き(スタイリスト)がチョイスした服を定期的に配達して、いらないものは返品してもらうというスタイルである。※事例:伊勢丹トランクサービス

ところが返品の増加は社会問題にもなった。人手不足や再配達問題とも相俟って、配達困難が生じた。また、返品送料の負担も問題になった。返品送料を売り手側が持つ仕切りだと利益を圧迫する。

そこで返品コストと手間の増加を解消しようとする動きはあちこちで出てきている。送料無料をやめたり、返品の条件を厳格化したりなどだ。そんな中、試着を物流の中に組み込むというアプローチも登場している。

★事例図表

④ レンタルと試着(サブスクリプション)

短時間であれ実質無料であれ、そもそも試着というのは一種のレンタルだ。試食は食べたらなくなってしまうが、試着は形が残る。

レンタルという手続きを踏んで、試着するというスタイルもある。しかし、試着はある意味、無料レンタルサービスだ。無料レンタルがあるのに、有料レンタルで試着するのは馬鹿馬鹿しく思うかもしれないが、必ずしもそうとは言い切れない。

店頭試着であればすぐ返さないといけないだろうし、自宅試着でも1週間程度で返却しないと返金してもらえないし、試着の建前なので外に出かけて汚すわけにはいかない。一方で衣料レンタルの場合は、通常使用が前提だから洗濯代込みでのレンタルになっている(よほどの汚れや破損は別として)し、最近は返却まである程度の時間的余裕があることも多い。

日常生活の中で試してから、気に入ったら買い取る、そういうスタイルもある。しかし、無料で試着ができる中で、そのスタイルはコスパが悪いかもしれない。であれば、最初から買うことを前提としない、所有することも前提としない。レンタルし続けるという選択肢が生まれる。サブスクリプションやシェアリングの活用だ。服のサブスクやレンタルは支持を広げている。
※事例:エアークローゼット

いくつか服を借りて試着して気に入れば手元に残すし、気に入らなければ返す。もし、サイズが合わなければ交換もできる。そして、飽きが来たり着れなくなったりしたら返して、別のものに交換する。服はやがて、着なくなる時がくるのだから、所有し続けることにこだわるのはあまり意味がないかもしれない。有料とは言え、永遠に買わないのだから、永遠の試着と言えなくもない。

もちろん、サブスクの場合は毎月定額で財布(銀行口座)から出ていってしまうので、たとえば1年単位で服にどれだけお金をかけるのかやクリーニング代なども含め、損得勘定はした方がいいが、”試みる”のポイントのひとつであるリスク・コントロールという点では理にかなった仕組みともいえる。

⑤ 仮想試着(テクノロジー活用)

そうはいっても、着替えること自体が煩わしいという人は結構いる。試着自体の否定でもある。EC利用などで試着のプロセスが吹っ飛ばされる様になってからなのかもしれないが、そういう声を頓に感じる。1つの服を試着するのに、今着ているものとこれから着ようとしているものを、脱いで着てを2回やると、そこそこ時間は取られるし、身体もそこそこ動かしている。特にあわただしい人にとっては、負担に感じる。

そこでITを活用した仮想試着の道が模索されている。特にAR(拡張現実)を取り入れたものが多いのではないだろうか。

たとえば、店頭でタブレットで買い手の写真を撮り、専用アプリの上でその買い手が服を着用した時のイメージ画像や動画が表示される、といった具合だ。デバイスはタブレッド以外にも宣伝効果の高い大きなデジタルサイネージや、個人のスマホでということもある。

・AR×デジタルサイネージ:ロフト(メイク)
・MR活用:パルコ
・3D試着:アーバンリサーチ

初期のバーチャル試着は、身長、体重など簡単な情報入力だけで最適なサイズを教えてくれて、商品を提案してくれるという類のもので、大手ECモールでも提供していた。ヤフーショッピングでは、その名も「疑似3D」と称して、モデルが服を着ている画像を表示させるサービスを提供していた。今でも同様のアプローチはあるけれど、ファッションテックの進化によって、手法も増えて精度も向上している。

売り手にとってIT活用のいいところは、そのままオンライン上での購買や商品提案につなげられることだ。SNSなどの個人アカウントと連携できれば、消費者との接触を継続できる。そのために、試着した姿の画像をメールやアプリで共有できる仕組みを構えている。アバターに着せることもある。買い手はみんなに見てもらいたい服を着た私をSNSで共有し、フォロワーに試着の物語を共有できる。また、気に入れば後日の通販購入も比較的スムーズだ。店頭試着ではこの様な効果は狙いにくい。買い手にとっては、やはり煩わしさがないところと、あとは遊び心があることだ。

しかし、仮想試着はシミュレーションであって、本来の“お試し”ではない。少なくとも現時点では、そこに至っていない。“お試し”にとって、確かめるという工程が大切であるけれど、ARなどでは、まだ触感や着心地を確かめることはできない。

ただ、確かめることには不十分だが、知ることはできるし、判断材料にはなる。動画でもシミュレーションという意味では間に合う場合もある。で、もっと“お試し”の機能向上を期待できるかもしれない。

なお、シミュレーションという意味では、ローテクではあるけれども、EC通販などの世界で「試着代行サービス」というものも存在する。たとえば、EC運営スタッフが買い手に代わって試着する。その姿をビデオ通話や画像で買い手に示す。というものだ。モデルさんが着た写真で済むのではという声もあるだろうけど、逆に整った体型の人の試着は現実離れしていて想像がしにくいらしい。普通の消費者が特定の服を着て写真をアップし共有するいうアプリ/サービスもあったが、残念ながら終了してしまったらしい。

⑥ オーダーメイド

さっきは、お試しの中で確認(フィッティング)が最も重要なプロセスと言ったけれど、フィッティングを突き詰めていくならば、本来はオーダーメイドがもっとも望ましい。体型は人によって全然違うし、好みもある。しかし、オーダーメイドは高くつくし、手元に届くまで時間もかかる。既製品の試着と比べると、敷居が高く感じられがちだ。

それを補うのがセミオーダーの仕組みだけれど、最近では生地や形などパターンを増やしてニーズを充足させているメーカーもある。リーズナブルにもなっている。

オーダーメイドもセミオーダーも既製品ではないから試着できない、というものでもない。オーダーメイドでも幾つかのパターンのものを試着できるところも多い。オーダーメイドに馴れない若い人のために、知識や経験がなくても悩まないで済むように、敷居を下げている取組みは多い。※事例:タカシマヤスタイルオーダーサロン

もう一つ敷居を下げてくれるのが“お直し”だ。オーダーメイドでも仕上がりがしっくりいかないことはあるし、せっかく仕立てても体型が変わると元も子もない。アフターサポートが大事だ。そういう時のために、お直しを無料で対応してくれるところもある。安心できる。そのことが意外と大事だ。その先の安心が、”試みる”にとって大事だからだ。

⑦ 採寸技術の進化(サイズテック)

オーダーメイドでは採寸が鍵だ。しかし、採寸には人力のブレもあるし、人によっては相手がお店の人とは言え、他人に測られるのを嫌がる人もいる。体形やサイズ情報は重大なプライバシーでもあるからだ。しかし、ITはそういう採寸苦を解放した。加えて、採寸されたデータはアプリやネットで管理もできるようになった。売り手はデータを収集し商品開発に役立てる様になっている。

ARなどのシミュレーション技術同様に、いわゆる採寸テックとかサイズテックも競争がはげしい。採寸テックは服だけではなく、靴でも進んでいる。身体を支える靴は特に購入時のフィッティング過程は命で、確実で簡単な採寸はとても頼もしい。サイズだけではない。

★図表

採寸テックの火付け役といえば、なんと言ってもZOZOスーツだろう。ZOZOスーツは、体型サイズを計測するために開発されたスーツで、一説には100万着の申し込みがあったという。特に試着が難しい通販で人力ではないIT活用の採寸が先行した。ECでの返品問題が深刻化したのも大きい。

採寸は何もオーダーメイドのためだけではない。既製品でも重要だ。実際、オーダーメイドの受注生産が念頭に置かれつつも、既製品のサイズ検索の用途が先行した。

しかし、撤退してしまった。その原因分析はいろいろある。採寸の精度についての指摘もあるが、このあと試供品のところでも述べるけれど、有料/無料・フリーライダーの問題(もらっても使わない)、手間の敷居(面倒くさい)、そういう問題ある。

ただ、買う買わないを決めるのはサイズだけではない。それに、確かめる対象もサイズだけではない。色合い、肌触りなどの着心地、質感、着合わせのバランス、そして自分に似合うか。いまの採寸テックだけでは解決できないものも多い。それはやはり試して確かめるしかない。採寸データはフィッティングの精度を高めるのに不可欠ではあり、選ぶプロセスを手助けはするけれど、お試しの工程を省いて納得できるまでには至っていない。

⑧相談相手(スタイリスト)

しかし、いくら試してみても、いいのか悪いのかは案外、当の本人もわかっていないものだ。最終的には本人の主観と意思に拠るものだとしても、買い物で悩むことのない人も多くいるとしても、そうでない人には悩ましいシチュエーションは多いはずだ。ある意味、買い物は孤独だ

そういう時に相談に乗ってもらえる人の存在は案外大きい。普通は店員さんだったり、一緒に買い物に出かけた友人だったり家族だったりする。とはいえ、試着して店員さんと相談すると買わないと言いにくいし、友人とだと後でシコリが残るかもしれない。そういう時に詳しい中立的な第三者のほうが相談しやすい。しかし、簡単に捕まるものではない。

こういう時に、まず挙がるのがスタイリストだ。専門的知識や経験も豊富だ。もちろん、店員もスタイリストの時もある。好みや相性もあるけれど、説得力はある。そして、簡単に頼めるものでもない。「専属スタイリスト」なんて一般人には高嶺の花だ。

そこで、最近はECを中心に、コーディネート提案や相談対応を含めた新しい服の売り方も登場している。サブスクリプションの活用もそうだし、AI提案や接客アプリもそうだ。買う買わないの圧力が生じにくいし、チャットの活用で対面の負担も下がる。

★事例図表

実はキッカケも相談相手も、専門知識のある人でなければならないというものでもない。最後に背中を押すものも。もちろん、専門家は心強い。しかし、最終的には本人の納得と満足となのだから。このあたりも追々、書いてみる。

⑨ 耐久財の”お試し”

服の試着が成立するのは、着たものが無くならないからだ。試食だとレンタルは難しい。これが、耐久財の"お試し”の特徴だ。

耐久財とは、“何度でも使用でき、使用期間も長い有形の製品”のことをいう。統計や経済学の世界だと、耐用年数で区分区別がでるけれど、ココロミル論ではとりあえず、消費されてなくなるものではないモノを耐久財としている。

その意味での耐久財は衣類だけではない、家電や自動車、食器などの雑貨品もそうだ。

家電は特に似たような動きがある分野だ。レンタル、サブスク、AR(部屋にそのテレビがフィットするかの確認)などだ。家電は服よりかさばるし重い。値段も高くなりがちだ。なので、ショールーミング化は前から進んでいるし、ショールーミングストア化も進んでいる。

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と、試着について、取り留めもなく書いてみた。しかし、実はこの試着の記事には、ココロミル論で伝えたいテーマやキーワードがわんさか含まれている

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そんなものも?というものもあるかもしれない。試着以外の試〇のあとに、次のチャプター以降で続々と深堀りして書いてみる予定でいる。



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