修羅

 知り合いにビル解体工事の会社を経営されていた方がいらっしゃったんですが。
 働き者の方で若くして独立され、仕事ぶりの評判も良くて大成功されましてね。
 ただ、五十歳直前でつまずいてしまわれた。

 奥様は看護師をなされていて夫婦両輪で稼いでおられたもんですから一戸建ての御自宅をローン無しで購入されていて、順風満帆な筈だった。
 ところがこの奥様が勤務先で知り合ったお医者さんと不倫関係になりまして、その頃から頻繁に夜勤をするようになったんです。
 相手のお医者さんが大学病院に勤務されておられるものの、週に一度アルバイト的に奥様の病院で当直医をされている。
 奥様はその当直日に合わせて夜勤をなさっていたんです。
 ……ま、バレん訳がないですわ。
  
 ある日、奥様が逢瀬を兼ねた夜勤から帰宅しますと、まっ昼間に居るはずの無い御主人がおられて「ちょっと来い」と和室に連れて行かれた。
 座卓型のテーブル上には書類ファイルやらDVDのディスクがうずたかく積まれております。
 ……二年にも及ぶ逃げ場の無い不貞の証拠がね。
 ほぼ同時に、不倫相手の大学病院へも証拠のコピーが送り付けられており、お医者さんのキャリアも一巻の終わり。
 ただ、社長さんはうな垂れる奥様と奥様の御両親を前に、  
 「離婚は避けられません。ただ、慰謝料に関してはこちらの条件をクリアしてくれるなら全額免除しましょう」
と言って、ある条件を提示します。
 それは、社長が定めた日から丸一週間この家に一日たりとも欠かさず通い続け言われた通りにする、というもの。
 何しろ不貞の証拠の中には奥様が例のお医者さんを新築間もない自宅に引っ張り込んだものまで含まれておりますもので、不貞そのものに加えて自宅の処分にまで及ぶと慰謝料は数千万に達する可能性が高い訳で、奥様&御両親は二つ返事でこの提案に乗ったんであります。
 ……まぁ、それが“地獄”の始まりとなった訳ですが。

 初日、例の和室の、座卓型のテーブルの前に座らされた奥様は、自らのスマートフォン内の画像フォルダ内を全消去させられます。
 過去の思い出なんぞに囚われていては“次の一歩”の足枷になるだけだよ、と。
 それを見届けた社長はポータルシュレッダーをテーブル上に乗せると、交際時期からこれまでの結婚生活で撮り溜めた写真を一枚一枚切り刻み始めます。
 穏やかな表情で淡々と「この頃は楽しかったな」などとしみじみ言いながら、です。
 途中で席を立つ事など許されません。立った途端に数千万円ですから。
 しかし一枚一枚ゆっくりとスナップ写真を切り刻んだ末に社長が取り出したのは結婚式の写真でありました。
 紙のフレームを手で丹念に破壊して写真のみを取り出すと、それをシュレッダーへ。
 ……これはさすがにキツいですわな。
 さしもの不貞妻もこれには半狂乱で大泣きしたそうですが、それでも社長には抗議も出来なかったといいます。

 ところが二日目には更なる地獄が。

 二日目に行ってみますと家の横に黄色の解体重機がドンと座っておりまして、地面には石灰の粉でラインが引かれ、その後方には半径二メートル程の円が描かれていた。
 その円の中に立つよう言われて何が起こるのかと見ていますと、重機の運転台に乗り込んだ社長が無造作に、重機の先の爪で自宅の壁をガッサ~ッ!
 破壊し始めたんです。
 最初に壊したのはちょうど寝室の辺りで、外壁が壊されて室内が見えるようになると奥様は更に仰天する事になります。
 寝室にはベッドも布団も、壁に掛かった絵すらもそのまんま。生活していたそのままの状態で解体工事が行われているんです。
 工事は廃材と化した“家”の全てが搬出され更地に戻るまで五日間かかったそうですが、寝室同様全ての居室が暮らしていた時そのままの状態で解体されていったそうな。
 「お前のした事は、つまりこういう事なんだよ」
 全てを終えた社長は奥様に優しく言ったそうですが、彼女の耳に届いていたかは甚だ疑問です。
 写真から始まって“家庭”の全てが壊されていく様子を逐一見せつけられた奥様は、すっかり心が壊れてしまって今も入院生活を余儀なくされています。
 ……もっとも、これだけの報復を企て、実行した社長とて、壊れてしまっていたんでしょうけれど。


 

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