火葬場にて

 1999年の事でしたが、母方の祖母が亡くなりまして。
 実はその一週間前に連れ合いである祖父が亡くなっておりまして、
 「爺さんが寂しがって呼んだのかねぇ」
なんて事を親類一同で言ってたりしましたんですが。
 通夜、告別式と進みまして葬儀場から一旦火葬場へと移動する事になります。
 二月。真冬の北海道ですけれどその日は雲一つ無い快晴でしたし、勿論うっすらとでも暖房が入ってもおりますから、壁一面がガラス張りの葬儀場はポカポカと温かかったんです。
 祖母の遺体が窯へと収まりまして焼き上がりを待つ間というのは別室に待機所が設けられておりましたんで、皆はそこで思い思いに時間を潰しておりました。

 ただ、私はどうしてもその待機所の空気に馴染めず、またどうにも腑に落ちない疑問を抱えていた事もあって、祖母が焼かれている窯の前に居たんであります。
 窯の扉から5メートル程離れたガラス壁にもたれながら、扉に開けられた小さな小窓から見えるチロチロと出し入れする蛇の舌のような炎をボンヤリと眺めて、元々認知症を患っていた祖父を一人で介護していた気丈な祖母が何故自分も“惚けて”しまったのか?を考えていたんです。

 その火葬場は窯が五つ並んでおりましたけれど、その窯の横が中学校の体育館程のホールになっておりまして、焼き上がった後のお骨を壺に納める儀式の為のスペースだったんですがね。
 
 祖母の二つ隣の窯の扉から先に焼き上がった御遺体が取り出されて儀式スペースへと運ばれる。
 御遺体の左右と頭の方に親類の方々が並んで儀式が静かに始まった。
 足の方に人が居なかったもんですから、別に目を凝らさずとも、なんとなく儀式の様子が見えていたんです。

 所謂“箸渡し”が順繰りに行われ、お骨が少しづつ壺へと収められていく訳ですけれど。
 どうやら故人は男性で、若くして亡くなられたのかそれとも年の差婚なのか、喪主であろう奥様は四十代から五十歳そこそこと思しき若い方で泣きながら憔悴されておられる。

 亡くなった旦那さんも、さぞかし心残りだったろうな

なんて、不謹慎な考えが一瞬、頭をよぎったりしましたですが。

 ところが、儀式も最後の方になって一つ問題が起きた。
 故人が大柄な方だったのか、骨が丈夫だったのか、最後の頭の骨を収める段になって、どうにも蓋が閉められない、と。
 額から頭頂部までが壺からはみ出てしまっております。
 ……まぁ、正式にはどうするんだかは分かりませんが、まさか奥さんの目の前で御主人の頭蓋骨を潰すってのも……庶民感情としては躊躇われますでしょ?

 『おい、どうするんだよ?これ』と言わんばかりに皆が顔を見回し儀式がフリーズ状態になります中、それまで目にハンカチをあてて項垂れるばかりだった奥様が突然!
 ツカツカと骨壷の前に行きますというと、はみ出た頭頂部に蓋を乗せ、その真上から両手に全体重を「フンッ!!」とばかりにかけた。
 形を留め、一見頑丈そうに思えました頭蓋骨ですが高温で焼かれた後ですから音も無く崩れ、ビンッという小さな音を立てて蓋が閉まったんですけど。

 『えーッ!!』

 声、出そうになりましたよ。

 周囲の人々からは「オー」と声にならない声が漏れ、何故か奥様が誇らしげな微笑みを振りまいておりましてね。

 「いざ」という時の女性には勝てませんわな。そら……

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