言い方は大事ではない。
(実在の成功者モデルたちをひとりの人物「先生」として描く小説です)
「言い方って、あるよねー」
「そうだよね、もっと丁寧に言えないのかなぁ?!」
先生と入ったカフェの一角に腰を落ち着けると、斜め後ろの席からそんな声が聞こえて来た。私からは死角になっていて姿は見えないけれど、30代半ばの女性ふたりだと感じた。
先生はそちらに一瞬視線をやって、フッと口元を緩ませた。
バカにしているわけではなく・・・なんだろう、何か面白いものを発見した時の顔。この表情をする時、先生はご自分が生きている世界と「一般社会」の大きな違いを見つけた時なのだ。
「OLさんですか?」
そう聞くと先生はうんと頷いた。
「今の話、聞こえてた?」
「はい」
「どう思う?」
「どう思うって?」と聞き返そうとして、私はぐっと言葉を飲み込んだ。
質問に質問で返さない。
これは、先生から学んだことの一つだ。
どう思うか聞かれたのだから、言葉通りそのままなのだ。その真意を先に知ろうとするのではなく、まず答える。回答がとんちんかんであれば、その時に聞き返されるか、指摘があるか、それだけだ。
「聞かれたことに対して、そのまま素直に答えるようにしなさい」
かつて教わったことに、心の中で素直に頷き、私は感じたままを答えた。
「言い方で伝わり方が変わるのは確かなので、無意識に悪い言い方になっているなら気をつけたいところですね」
「惜しい」
先生はニヤリと笑った。
「どう惜しいのですか?」
「無意識に悪い言い方になっているなら気をつけたいというのはなかなかいい。僕たちは、自分の全てを意思の力で動かすべきだからね。でもその理由がダメだったね」
「言い方で伝わり方が変わるから、というところですか?」
「そう。それは事実だ。言い方によって左右される人間は確かにいる。でも、僕たちはそうであってはならないんだ」
ああ、また、先生は素敵な秘密を明かそうとしてくれている。私はうれしくなって思わず体を前に乗り出した。ふわっと先生のまとっている香水のスモーキーな香りが鼻腔をくすぐった。
「相手が乱暴に言おうが丁寧に言おうが、伝えようとしている情報はそのまま受け取れないと、人の言い方に左右される人生になるね。例えば、君が人生の道を間違えかけている時、丁寧に教えてくれた人の言葉しか届かないなら、相当まずい」
「ほんとですね!」
「うん。『バカなのか、お前は。そっちじゃねーわ!!』も『あなた、そっち側は間違っていますよ』も、情報としては同じだ」
「先生、その通りですが、私はちょっと反論があるんです」
「ほう、なんだろう?」
先生は嬉しそうに唇のはしを持ち上げた。
先生の話を「はい」とうなずいて聞いているだけでなく、自分の考えを伝える、これは、私の美点のひとつだと、以前おっしゃっていたのだった。
「私からするとそのふたつの情報は完全一致ではありません。『一部の情報が一緒』なのです。例えば『バカなのか、お前は。そっちじゃねーわ!!』という言葉が出る時と『あなた、そっち側は間違っていますよ』という言葉が出る時、発言者の感情や想いは違うんです。その感情と想いも、情報として相手に伝わるのですよね」
「だから、なに?」
先生はさもおかしそうに目を細めた。
「相手にバカにされてようが、大切に思われていようが、相手が自分に怒っていようが、そうでなかろうが、関係ないよ。相手の感情や想いなんて重要視して人生の道を間違えるのは、大問題だ。言葉を言葉通りにとればいいだけなのに」
「あ、そうか」
「もし君が、相手の言い方に含まれた感情や諸々の思惑に左右されるなら、そこを見抜いた相手は『言い方』で君をコントロールできるということなんだよ。でも、志を高く持って生きる僕らは相手に操られていてはいけないよね。自分の人生は自分で作っていかないと」
「ですね」
「そんなこともわからないでよく生きてきたね? ほんと、君たちはバッタ並みの脳で笑っちゃうな」
先生があえて意地悪な「言い方」をしているのがわかって、私は思わず笑ってしまった。
「そのバッタを捕まえて、バッタじゃないものにしようとしている先生も相当物好きかと」
「物好き・・・か」
先生は遠くを見るような目をした。
「必要に迫られて・・・なんだけどなぁ。まあ、いい。その話はそのうちね」
「はい」
食い下がりたい気持ちをおさえて、私はメニューに視線を落とした。ほぼ同じタイミングで先生は手をあげてウェイトレスを呼んだ。
まだオーダーを決めていない私に何も聞かず「バナナスプリット」と「ピーチメルバ」をオーダーしている。
「シェアしよう」
「え?!」
思わずメニューから顔をあげた。
先生と、シェア?!
バナナスプリットとピーチメルバを?!
私、お皿のシェア嫌い!
それに、ボディラインを維持するために甘いものは食べないようにしてるのに!
そんな私の思考などとうの昔からわかっていたというような顔で先生はうなずいた。
「君に決定権はないんだよ。よかったね」
よ、よかった、のね?!
新しい世界がまた広がる期待と同時に、尊敬する先生であっても中年のおじさんとスイーツのシェアをする気恥ずかしさというか、ごめんなさい、正直に言うと多少の嫌悪感とで、私の頬はこわばっていたと思う。
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