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「母と私と認知症」母の気持ちvs家族の気持ち

糖尿病を持つ認知症の母
お腹がいっぱいでも、食べ物を見ると「お腹減ったね〜これ美味しそう」と
箸🥢を握る。

さっき食べたばかりでも、母にとっては今が初めての食事


先日、アイスに手を伸ばす母に対し、「ダメだよ!」つい、言ってしまった
母)アイスくらい食べさせて!

そう、アイスくらい食べさせたいよ

でも、何個もはダメだよ!だって、買って来てたアイスがあっと言う間になくなってる


一日一個にして!って言っても母には・・・通じない
だって、毎回母にとっては初めて食べるアイスなんだから

このアイス事件で母と大喧嘩になってしまった

糖尿病の悪化を心配してのことだったけど、母にはそれも通じない

私の注意が母を怒らせ、これまでの母とは思えない形相と暴言

まともに言い合った私は(もう顔も見たくない)と思う程やり切れない気持ちになり
一体、どーーーーーーーーしたらいいんだろう???と考えるが、

その時

(もういいんじゃな〜い)って声が私の中から聞こえてきた


そうだよね、今更食事制限やあれダメこれダメって色んなこと制限したところで
糖尿病が治る訳じゃないし、その度に母は抑制されイライラと欲求不満と暴言で別人格になり、母も苦しいだろう
それなら、例え悪化したとしても、母の望む様にさせた方がいいのかな?

そう思った瞬間
少し気持ちが楽になり、母に対して怒ることはなくなった
不思議なもんで母との会話も優しく出来る様になると自然と母の暴言も無くなって
いった。

そうだ、これからは、母の気持ちを優先してあげたい

母があんな風に暴言を吐いたり、別人みたいな形相見せるのにも
ちゃんと理由があるんだな〜って
こちらが先に母のことを怒るから、母が怒るんだ
こんな簡単なことに気づかなかった

その訳は、
母の為、母の為って一生懸命にやってんのよ 私たち!
少しでも良くなる様にってやってんのよ   私たち!

って思っていたのは実は母の為ではなく、私たちの為だったんでは?


1番母の現状を受け入れられてなかったのは私たちだったんです
だから、少しでも元の母の様にしっかりして欲しいって願い
これまでの母の姿、言動、優しさや笑顔を取り戻したくて必死だったんです

認知症と言う病いに侵された母には
とても辛いことだったに違いない。
自分の意思とは違う方に心と体と頭が向かっていてどうしようもないのは
母の方だったんです。

だから、「もういいじゃな〜い?」

これが正解とは思ってないけど、母にとっては我慢ばかりで辛い日々を
過ごすより、母の笑顔が少しでも多い一日を応援した方がいいに決まってる
と私は信じた

大切なのは母の気持ち

母の意思を尊重し、それを応援し、見守ることしか出来ない

今回、母の介護に携わり色んなこと考えさせられた
私が今、母に手を焼いているのは、若かりし頃母のお手伝いをほとんどして来なかった
私に与えられた「母へのお手伝い」これが今なんだな〜って

母が多忙な頃、私たちの時間を奪わぬよう自分を犠牲にした時間
文句も言わず、むしろ当たり前のように母は仕事も家事も育児もやってくれた
それは無性の愛

今、私たち家族が母に注ぐ無性の愛
母の様には出来ないかもしれないけど
やってみよ〜と思う。

今日も最後まで読んで下さりありがとうございます。

誰かに届くといいな〜
今日もどこかで誰かの為に
頑張ってる素敵なあなたが笑顔であります様に 
                                                          cocoroG


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