タクシー運転手とワガママな8人の乗客者たち#25《最終回》
乗客 JD 父親からの伝言
――『フジタぁ~~雨はいいねぇ、乗客の財布も緩むし』
「待機場所によるって。俺なんか、イオンのタクシー乗り場だって言うのに、雨の恩恵が全くないんだよね。とくに今日は、誰もタクシーなんか見てもくれないよ」
俺は動くワイパーを目で追った。大手スーパーのタクシー乗り場なんだけど、人っ子一人とスーパーの出入口からタクシーを見ようともしない。高齢社会と自家用車社会だ。北海道で免許を持たなければ、地域にもよってになるが生活は難しい。だから北海道民の免許率が高いのは常識だ。高校卒業前から免許習得に動くのも当たり前でもある。親や教師からも話しが一度はある。免許がなければ北海道での就活は難しい。ないよりあるに越したこともない。仕事の求人広告の要普免は高確率で、免許無くてもいいなんて求人広告を探すことの方が難しいったらない。ただ免許費用を用意出来るかは家庭の事情にもよってになって、本人が働いて貯めてからもよくある話しだ。自家用車はなくても要普免。それが北海道での生きる活路だ。
それにしても本当に運がないのか、いつにも増して買い物客がタクシーを避けて大雨の中、買い物いっぱいのマイエコバックをぱんぱんにして、大雨の中を駐車場に止めている自家用車に向かう。
今日は奥さんにドヤ顔をされること間違いない。それはそれで、ダンマルの奴にも睨まれる。困った。マジで。本当に困るんだよなぁ。
――『ダンマルたちを誘って、今日はお前の奢りで焼肉に行くとしょうではないかぁ?』
「ちょっと! 奥さん。待って、奥さん!? 言ってんじゃん?? 乗客がタクシーを避けて自家用車に行くんだよっ!」
――『馬鹿めが、努力をしろ。お。乗客じゃあ! ではなっ!』
無線を切られたことよりも、奥さんのタクシーに乗客が乗ったことにショックが隠せない。やっぱり、場所選びに問題があるのかもしれない。って、思い始めていた矢先だ。
「あ。ぉおぉうぅうおぉお!」
大雨の中に浮び上がる、赤い傘がタクシーに向かって来た。乗れるタクシーは俺の愛車だけだ。つまりは俺の乗客だということだ。
「乗客ゲット!」
俺は後部座席をゆっくりと開けた。赤い傘を畳んで後部座席に座ったことを確認して「ドアを閉めますよ」と一言伝えて閉めて拳を座席の下で硬く握る。はぁーと息を吐くのは若い女性の乗客だった。
「お客様、タオルとか使いますか?」
「いいえ、だいじょ――えぇっと……お?!」
俺の名前に彼女は過剰な反応を起こすのが、バックミラー越しに見えた。目も大きく見開いて狼狽している様子は明らかに可笑しいってもんだ。何だ? 正体は《17丁目》関連の生き物かなのか? 普通の道民にしては、テンパってる様子は尋常なんかじゃないだろう。明らかに《俺》に気づきましたって態度だ。顔が物語っている。一体、何なんだ。
(ぅん?)
「えぇと。お客様」
俺は彼女と出逢ったことがあっただろうか? なんて、俺も首を傾げてしまいそうになった。だが、そこは平常運転、平常運転。気にしてないって素振りが大事だろう。
「目的地はどちらでしょうか?」
「ぁ、旭川駅まで……」
「畏まりました」
俺がタクシーを発車させた。どうにも、彼女の面影は何となく、初見じゃないように思えた。俺の知っている、顔だ。
「ぉ、尾田藤太さん?」
恐る恐ると、助手席にある俺の名前を彼女は口にする。呼ばれた俺も返事をするしかない。似非な偽者ではないのだから。
「はい。尾田藤太です」
「っこ、これ!」
「え?」
チャラン――…… とバックミラーに映るのはピチクパチク鳥のストラップだった。渡したのは過去には、あのテンションの高いサラリーマンしかいない。
「だ、誰から、それを? ひょっとして、家族の……方でしょうか?」
思わず素に戻って、彼女に聞いてしまう。聞かれた彼女は小さな唇を開いた。上擦った言葉が俺の知りたかった情報を語ってくれた。
「父は東京からロンドン、ワシントンと栄転、出向して。あたしにこのストラップをくれた後、脳こうそくになりました。ずっと……ずっと――あなたに《17丁目》の話しを聞きたがって、いました。……ずっと。ずっと、譫言のように口にして、それで、あの……だから、ごめんなさい、言葉が詰まってしまって」
顔を歪ませて、気丈に微笑む彼女。恐らく、あのサラリーマンはもういない。天国に行ったことだろう。もう一度、話したかったな。
「だから。話しを聞かせて頂けませんか!?」
「はい。よろしいですよ! お客様」
俺も快諾する出会えた縁に俺も嬉しかったんだ。今回を逃せば、いつ会えるのか分からないのだから。目的地まで一緒にお喋りをしょうじゃないか。
「ぅ、うれしっ」
大粒の涙が伝う目に、俺もどうしたもんかと思った。何て、声をかけたらいいだろうかと、困ってしまう。
「もう少しで子供が産まれるんです。この子にも語り伝えられる物語でしょうか?」
彼女の問いかけに俺は苦笑を浮かべてしまう。人生における一般的な物語でも、R18指定かR20指定の危うくも艶やかな物語にも聞き手によっては想像力豊かに変わってしまうこともあるからだ。想像力に富んだ人物なら、尚のこと。それは聞き手側の自己責任でお願いをしたいところだ。
「他のお話しをしましょう」
「その話しは長いのかしら? ああ。後、名刺貰えます? きちんと聞かないと、父親みたいに未練が、後悔もしそうだもの」
「はい。喜んで」
俺は彼女に名刺を渡した。次に乗車を約束する手形のように。困ったらいつでも呼んでと《スーパーヒーロー》になったかのような気分にもなる。
「それで。どういったお話しなの?」
喜々とする彼女の目は、あのサラリーマンの生き写しのようだった。興味のあることが知りたいと犬のようにはしゃぐ姿こそ生き写しだ。
「ネット通販販売会社大手の《ワールドルーツ》って会社をご存知ですか?」
さぁ。
目的地までお話しをしましょうか。
ー了ー
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